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【ストロベリー狂詩曲/修正版】11.欠けて満ちる③

チームを纏める団長と副団長に従い、卓球台が並んでいる体育館の二階へと上がった。
メンバーが揃ったら、じゃんけんで勝った順にシングルスかダブルスかを決める。寺田先輩と私はシングルスを選んだ。
彼は赤いラケットのグリップを握り、平たいブレードを仰ぐように動かして、片方の手のひらにぱん、ぱんと当てる。

「水無月さん、練習に付き合って」

笑顔から出たひと言は、周囲の視線を集める。

「俺が負けたら、君にジュースを奢るよ。どう?」

「……一試合だけなら」

寺田先輩が配置に着いてボールを床に落とし、跳ねさせて遊ぶ。

「一個、注意。わざと負けるのやめてね」

「私が勝ってもいいんですか?」

先輩はパシッとボールを掴み

「俺の名にかけて」

と、聞いたことのあるセリフで誓った。

お互い、腕まくりをして勝負に挑む。
結果は……


「疲れたぁー。水無月さん、卓球部だったの?」

「いいえ、勧誘されたことはあります」

四ゲーム先取で私の勝利。

「道理で強いわけだ」

邪魔にならないよう、ほかの生徒と交替して壁際に移動すると、なぜか寺田先輩が付いてくる。

「ねぇ、あの癖玉は反則だよ」

私がサーブしたとき、ボールは先輩に向かって真っ直ぐ飛んでいくように見える。しかし、スピンがかかっていて打ち返せない。着地したボールは反応し難い方向へ飛んでいく。寺田先輩は、予想できない動きに翻弄され続けた。

「悔しいなー。番組や雑誌で水無月さんの人物像についてインタビューされたら、彼女、負けず嫌いですよって答えちゃお」

「?私は寺田先輩について質問されたら、水無月チサカに卓球で負けましたと話しますね」

ノリで嫌味をぽろりと零し、真顔で「冗談です」と言ったら何にウケたのか、先輩は口元に手を当てて笑う。

「あははっ、フォローになってないよ!」

(……。嬉しそう?)

「ふふっ……。昼休みのチャイムが鳴ったら、ッ、一階の休憩コーナーに来て。好きなの奢る」

約束すると寺田さんは絡むのをやめて移動し、ほかの生徒とにこやかに会話し始めた。

(何がしたいのか読めない)


チャイムが鳴って合同練習が終わり、教室に戻って着替えたら、水彩画のようなレモン柄のお弁当袋を提げて待ち合わせ場所に向かう。
途中、指定された休憩コーナーへ寄ると、汗を掻いた二十人以上の生徒が冷たい飲み物目当てに来ていて、辺りはむんむんとした熱気とにおいが篭もっていた。

「わっ!」

「!!」

背後から両肩に手を置かれ、私は体をビクッと跳ねさせた。
ゆっくり振り向いて、声の主を恨めしく見つめる。

「寺田さん、やめて貰えますか?」

「どんな反応するか試したくって。ごめんね」

心の底から悪いと思ってる様子なく手を離し、待っている人が少ない列へ並ぶ。

「ご馳走になります」

「どうぞ、どうぞ」

寺田先輩は制汗スプレーを使用したのか、シャボン系の清潔な匂いがする。

「ご機嫌ですね」

「うん!水無月さんの隣に立ってるから」

「私を引き立て役にしてるの間違いではありませんか?」

「正解」

「……」

「怒っていいんだよ?」

挑発に素っ気なく応じる。

「誰も得をしません」

不利益は望まない。

「……そういうとこ、君らしくて好きだよ」

顔を見たら、先輩は少し冷ややかな笑みを浮かべて、真っ直ぐ前を見ていた。

(何を考えているのだろう)

順番が回ってくると寺田先輩にジュースのカップサイズを問われ、「Sです」と答える。綺麗な指は三角形のコインケースから八十円を取り出し、気前良く自販機に投入した。
私はサイズを選んでボタンを押し、赤く光る数字が『完了』の文字へ移動するのを待つ。

「苺シェイクが好きなんだ?」

「はい。氷が入ってると、あっさりしていて美味しいです」

「無しだったら美味しくないの?」

「生温くて微妙です」

「ふうーん」


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ピピピッ

自販機から音が鳴った。半透明の蓋を開いてカップを取ったら列を出る。

「早速いただきます」

一口飲むと、疲れた体を、甘くてミルキーな苺味が潤す。冷たくて美味しい。

「ご馳走してくださって、有難うございました」

「俺のほうこそ、ありがとね。君とは日頃付き合いが無い分、こうやって話す機会に恵まれて良かったよ」

「……友達が待っているので。それでは」

「うん」

付き合い切れず会話を堰き止め、頭だけで一礼する。先輩は薄っぺらくにこにこ笑いながら、ヒラヒラと手を振って見送った。

(遅くなった)

早歩きして中庭へ行くと、三人は既にお弁当を食べていた。

「あ!いいなぁ、シェイクうぅぅぅー」

「飲む?」

「おっ、ありがと」

杏里にカップを渡してベンチに座る。今日は私、杏里、川嶋くん、二葉くんの順に並んでいる。

今日のお弁当は蓋を開けると、しょっぱい梅干しが入った三角形のおにぎりが大きな顔をしていた。おかずはエリンギのお漬物。青臭い風味がする茹でたセロリ。脂身が少ないベーコンのアスパラ巻き。


「さっきも話してたんだけど」

二葉くんが切り出す。

「寺田先輩って、水無月さんのこと気に入らないの?」

私は「さぁ?」と返し、エリンギのお漬物を食べる。
川嶋くんは、自家製らしきホットドッグを頬張りながら

「学年はあっちが上だろ?波風は立たせないほうがいーんじゃねぇか?」

と、アドバイスをしてくれた。

「愛想振り撒けってこと?」

「水無月はそれが無理だろ。オレは芸能界に詳しくないけど、縦社会でうるさそうじゃん」


つづく

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