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自由になるのは自由

最近、「うぉー、週3日くらい休みたーい」と思うようになった。何ならもっと(笑)
心の声なんだと思う。
あー、言ってスッキリした!
(現在、週2日の休み)

10年近く前は、数年間は週3日休みだった。
でも結局、お金の不安のためか週2.5日にしてみたり・・・。
セコイんじゃ〜(笑)

こういうパターンをずっとずっと繰り返してきた。

病院で勤務している頃は、正直にいうとあまりお金のことを考えたことはなかった。訪問看護の仕事になり、病院勤務と違って夜勤がなくなったこともある。
病院の時は公務員でお給料も同年代の人からすると頂いていた方なのだと思う。でもその時期には、お金に関心がなかったので貯蓄とか投資というのも全く考えていなかったので頂いたら頂いた分、気持ちいいくらいに使っていた。
その貯金通帳の底が見えた時に訪問看護の仕事に就いた。
ちなみに今まで貯金通帳の底を3回見ている(笑)いい大人が。
謙遜でも何でもなく、本当の底。一番少なかったのは11万円だったのを今でもはっきり覚えている。家賃払ったらなくなると思ったからよく覚えている。

異動前の職場は、なんせ残業が多かった。
同じ会社なのに・・・。
今の職場は、みんなで早く帰ろう!という風潮なので残業は激減。
その分、残業代はかなり減った。10万円近く。
でも、残業はしたいわけではないので早く帰って読みたい本を読んだ方がいい。
残業は当たり前ではない。ないのが当たり前のはず。
そこは、頭を切り替えようと思った。
そして、異動前の職場では、私が緊急電話を持つことが多かったので1日数千円とはいえチリツモでその手当も大きかった。
今は、ありがたいことに「にゃむちゃんだけたくさん持ってもらったら大変」と言ってくれ、いろんな人が持ってくれるようになり持っても週に2回くらいになったので24時間緊張の中に身を置かなくて済むようになった。
離れてみてどれだけストレスだったのかを知った。すごく楽になった。
数年前に体を思い切り壊した経緯があったのでそれより体が大切!っていう意識が強くなったのはとてもいいプレゼントだったと思う。

稼いだつもりになっても結局、体を壊していてはその修復に莫大なエネルギーを注ぎ、お金も注ぐことになる。アホみたいやんっ。

ペンキ画家のショーゲンさんの本に残業のことについて書かれていた。
以前にも紹介したけど・・・

アフリカのブンジュ村の人には、「残業」という考えがないので「あと少し売ったら・・・」という“あと少し”はない。自分の休息を削ってまで仕事を優先するのは“恥ずかしい”こととさえ思っている。どんなに仕事を大切に誇りに思っていてもそれ以上に大切なものが何かを知っている。まず自分自身をそして目の前の人や家族を最優先にしている。

「今日、誰のために生きる?」より

この考え方が、好きだー♡

「休み」と「お金」は、現代社会の中で密接な関係になっている(と思い込んでいる)。

私は、時々、長めの連休をとるのだけどそのどの連休も「家族」が絡んでいる。
帰省のためとか家族が来るからといった類の連休。
(注:ここでいう連休とは、土日の連休ではなく、3日以上の連休のこと)

先日、すごく珍しく何も家族には絡まない3連休をとった。
上司も私が家族が絡まない3連休をとることについて喜んでくれた。
「にゃむちゃん、3日間めっちゃ楽しんでね!!」と言ってくれた。

その3連休は、特別なところに行くとかそんなのはどうでもよかった。
自分の内側が満たされるようなことだけで過ごしたかった。
この3日間で行ったのは、つぶやきでも書いた劇団四季「アナと雪の女王」観劇と映画「PERFECT DAYS」鑑賞とコメダ珈琲で読書、アトレをぶらぶらだけ。
それ以外は、ずーっと家の中にいた。
田舎ではなくありがたいなぁと思う瞬間は、私が観たいものがすぐ近くにあること。ミュージカルや映画や本は好きなので、そういうものがすぐ近くにある環境は嬉しい。田舎だったら劇団四季を観に行こうと思っても1日か2日かけて鼻息けちらして意気込んでいく感じになる。30年以上前に実家から初めて劇団四季を観に行った時、福岡までかなりの時間をかけて車で家族7人で行ったのを思い出す(しかも全員分のチケットを私が買ったー)。今だと数百円で電車に乗り家を出てから1時間くらいで観に行ける。
ミュージカルや映画は、そこに座っているだけで一気に違う世界に連れて行ってもらえる。

この3日間は、自分が想像していたよりずっと待ち遠しかった。
「お金」でも「物質」でもなくこの「時間」が待ち遠しかった。
自分の内側のために何の躊躇もなく自由に遣える時間って何と贅沢なんだろうと思った。夜中に突然本を読みたくなても翌日の仕事で早起きしなきゃとか考えなくたっていい。何と贅沢なんだろ〜🎶ブランドの高価なバッグを買ったりするより贅沢だと思った。バッグで幸せな気分になる人は、それはそれで幸せだからいいことだと思う。

私にとって、家族はとてもとても大切な存在。でも、これまで充分大切にしてこれたかなぁと思えるようにもなり日常的に責任も負いすぎなくてもいいかなぁと思うようになれた。家族のそれぞれの力を信じていくことも大切と思う。「私が」「私が」って思わなくていいかなぁと。
親戚や友達から「にゃむちゃんは、シングルなんだから早く帰郷して高齢の親と一緒に住んであげたほうがいいよ」と言われる言葉に責められている気分にもなっていた時もあった。でも最近は、自分が吹っ切れてきているのでそういう言葉も自然と聞かなくなってきた。量子力学的な考え方をすると、自分に負目があったから、そういう波動を自分が出していて周りが反応していたのかーと納得。周りが悪いわけでも何でもなかった。私が先に発していたのだと思えた。
ここぞという時にはカッコよく登場したいと思うけど、毎日毎日心配する労力は、使わないようになったかもしれない。
自分をもっと大切にしようとようやく少しずつだけど思えるようになった。
還暦を目の前にして、漸く(笑)。遅っ。

また冒頭の件に戻るけど・・・
週3休みたいのである(笑)

今月は、なんとあと1回3連休をとった!
有給休暇、大放出中!!
スタッフで週5で働いているのは私だけなので他の人はみんな週1〜4日勤務の人ばかり。だからベースの休みは、私が圧倒的に少ない。それに加えて、有休消化ができていないのが私が堂々の1位(汗)。だから本当に他の人より休みが少ない。
すごく休みやすい職場なので私が休みたいといえば好きなだけ休ませてくれる。
それなのに私は、離れたところに高齢の親がいるので家族がらみでどかーんと休みが使えるように有給休暇をせこく貯めているところがある。家族がらみの楽しいこともあれば去年のように母親が骨折したりという時にも。
「時間」が大切と知っているからこその行為ではあるのだけど、知ってるなら本当の意味で大切に遣わなきゃと思う。

本当は、今年くらいから週4日で働き方を変えようかなぁと思っていた。
それなのにやはりお金の不安があったことと甥っ子から「次にやることも決めてないのに今の仕事を減らすなんて危険すぎる」という悪魔の囁きがあった。
「いつもの悪魔の囁きだー」と思う部分と「いや、それもそうやなー」という思いがあった。

揺れ動く気持ちの中、それなら今すぐには減らせなくても、せめて、せめて休みを増やして週3休むとどんな気分になるかを贅沢な時間を味わってみようと思えるようになった。
普段、週2休みだからこそ感謝して味わえるという部分もあると思う。
いつもいつも週3だったら、それが当たり前になりもしかして大切に過ごせない日もやってくるかもしれない。
でも本当は、マンネリで鈍化してしまうのではないかという恐怖すらいらないはず。

「不安」「恐怖」「心配」なんて自分が勝手に作っている幻想に過ぎない。
本を読むのが大好きな私は、今も何冊もの本を併読している。
“量子力学的“とか“脳のしくみ“とか“縄文時代的“とか“祈り“とかが私の中でのヒットしている最近のワード。
ここ半年くらいこれらのことについてインプットをずっとしてきた。
そろそろアウトプットもしていく時期かなかと思うけど。
インプットがまだ面白すぎて・・・ずっと本や動画を見ていたい。
これらの本を読んでいてもやはり「不安・恐怖・心配」は、本当に不必要なものでしかないなぁと思う。それがすごく自分を邪魔しているのもよくわかる。
また、noteの中でも少しずつアウトプットしていけたらと思う。
今、その都度アウトプットしているのは、上司に。
こーゆー話が大好きな人なので、すぐに実践もしてくれている(笑)

因みにペンキ画家ショーゲンさんの話は、ちょいちょい小出しにいろんな人にするようになった。反応は、概ね高評価(笑)。
甥っ子2人に別々に話してみた。
甥っ子1番は、とても現実的な子なので「こういう怪しいのは観ない」と即却下。
先日、甥っ子2番と食事に行った時に話してみたら「へぇー、すごいねぇ。もし⚪︎⚪︎(甥っ子1番の名前)がその村に行ったらすぐに追い出されてるね」と言っていた(笑)。

先日、ある高齢夫婦の訪問に行った時にショーゲンさんの話や量子力学的な「ありがとう」の話などをしたことがあった。お二人ともご病気ががんなのだけどとても素敵なご夫婦で。私が話を始めるとご主人までもが、観ていたテレビも切って身を乗り出してお話を聞いてくださった。
「今日は、凄く得した日になった!いい話がたくさん聞けた!ありがとうございます。よかったねー、お父さん!!嬉しいわー」とめちゃくちゃ喜んでくださった。

そろそろアウトプットもどんどんして行ってもいいのかもしれない。
病院で働いていた時にはこんなことをしょっちゅうしていた。
大部屋の患者さんたちにいろんなアウトプットをしていた。
みんながイキイキとしていくのがわかった。
「もっと早くに知ってたら生きるのが楽だったねー」とよく言われていた。

いいなぁと思う本を読んだらとりあえず自分の生活の中に落とし込んで面白がって実践することにしている。それが私の楽しみでもある。
そして色んな奇跡を次々と体験するから面白くて。
そして実験をしていると生きるのが確かに楽になる。

本ってとても有難いものだと思う。
ご自分たちが長い年月をかけてやってきたことを本の中に惜しみなく書かれていてシェアしてくれる。私たちは、そのエキスを簡単に2000円前後で頂ける。ありがたすぎる。

次の3連休も楽しみ♪
未来の3連休も楽しみなんだけど「今」も思い切り味わいたい。
今、Spotifyで1980年代のヒットメドレーを聴きながら書いている。
「若返り」の為の実験を兼ねて(笑)
どういうことかというと・・・
ある本である実験を紹介していた。


70歳から80歳の男性の8名✖️2グループが実験対象。
5日間の滞在型リトリートで8名ずつのグループで過ごす。
第1グループには、「自分の実年齢より少なくとも22歳若いつもりになって過ごしてほしい」という課題。
第2グループは、22年前のことを積極的には思い出すけど若いつもりにはなって過ごさないグループ。
第1グループには、22年前の環境を想起させる小道具がたくさん散りばめられていた。古い雑誌、テレビ、ラジオなど。そして、そのグループ内で積極的に血王子の時事問題やスポーツ選手についても語り合った。
そして、その被験者たちは、身長や歩き方も若返ったのを確認した。
姿勢が良くなったことで身長が高くなり、関節が柔軟になり、リウマチの症状が改善した為、指が長くなった。視力、聴力、握力も改善した。記憶力も向上した。
リトリートの最終日には、杖を放り出してサッカーをした。
精神認知テストは、1グループは平均63%上がり、2グループでは平均44%上がったという結果になった。
物理的にも若返った。

「あなたはプラシーボ」より抜粋・要約

この実験ってすごいなぁと思う。そうだろうなぁと想像はできるけどたった5日間で・・・。人間の脳って面白い。
私たちがどれだけ自分勝手に思い込んでいることで今が作られているということがよくわかる。
私たちが思っていることがそのまま現実として映し出されている。

それならどんなふうに思えばいいのか。
言わずもがなである。

それが、なかなかできないのが私(笑)

そんなこんなでSpotifyで朝から1980年代の音楽を聴きまくっていたわけ。
鏡には「33歳⭐️」と図々しく書いてみた(爆笑)
それを見ると不思議なんだけど笑顔になる。

面白がりましょー。

「自由になるのは自由」
結局、自分で勝手に枠を決めて閉じ込めているんだろうなぁと思う。
誰かがしているのではなく、自分自身が。
誰も自由になることを止める人はいないのに。
お金がないと思い込んで豊かではない思い込みの中でずっと生きていたり、実年齢を意識しすぎてここまでしか動けないって決めたり・・・。全て勝手に自分たちがやっていることに過ぎない。
私たちが思っていることが目の前の現実になって現れているだけ。
「思考」と「感情」は別物。量子力学的にこの2つの「思考」と「感情」の波動が同相になった時に最大のパワーとなって変化が訪れるのだそう。
何かを生み出そうとしているのに頭(思考)で実現可能と思っているのに気持ちの面では本当の意味で信じられていない場合、変化は訪れないらしい。

恐怖や不安や心配を少しずつ手放せたら楽になっていける。
今、未来のことを憂いたり、過去のことを悔やむことに時間を使うのは「今」に失礼かもしれない。

ほな、素敵な週末を!










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