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【エッセイ】ながくて、複雑で、むずかしい

先日、「テネット」を映画館で観た。「インターステラー」や「インセプション」で知られる鬼才クリストファー・ノーラン監督の最新作である。

謎の男が、「時間を逆行」しながら第三次世界大戦を防ぐという壮大なミッションに挑むストーリー。

ながくて、複雑で、とにかくむずかしい映画だ。序盤から伏線のオンパレード。頭をフル回転しながら映画を観ている自分がいた。映画を観ているのではない、あれは映画という「体験」だった。

短くて、シンプルで、かんたんさを求められる時代。書店では「ミニマリスト」に関する書籍が店頭に並び、数十秒の動画を楽しむ「ティックトック」が若者の間で人気を集め、むずかしい漢字が読めない人々が増えた。

だからこそ、この映画は意義深いものだ。社会の流れに逆行した要素がつまっている。むしろ、時代の最先端ともいえる。

世の中には、ながくて、複雑で、むずかしいものが減っている。絶滅危惧種と化した。

長いコンテンツを楽しむ心の余裕がなくなり、複雑なものを理解しようとする考え方はどこかにいってしまい、むずかしいものを理解する力を失ってしまった。この世界は加速する一方だ。

クリストファー・ノーランは、普段からスマホを一切使わないという。できるだけCGを使わず、徹底して「リアル」を追求する監督だ。彼の世界は加速していない。時間がゆっくりと流れているのだろう。

だからこそ、この世界で感じたことを表現し、この世界に生きる人々の大半が理解できない複雑な作品をつくっているのだろう。彼と僕らとの距離は広がる一方。

わからないは、おもしろい。簡単にわかってしまったら、おもしろくない。生きること自体、ながくて、複雑で、むずかしい。そもそも、生きることに答えなんてない。

僕は今後も「テネット」について考え、自分の中の「テネット」を育てていくだろう。結局、人生に近道なんてあるようでない。難解なパズルを解くように、複雑なミステリーをひも解くように、いばらの道をかき分けて進むように生きていくしかない。

「ながくて、複雑で、むずかしい」こそが人生であり、人々を魅了するコンテンツであり、時代の最先端なのだ。

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