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ロンリープラネット

目の前で京都市営地下鉄の扉が閉まり、ゆっくりと発車していった。今日のダイヤは目の前を走り去ったあの電車で終わりだったので、僕はなくなく今降りてきた階段を登り、四条駅を後にする。階段を登り切ると後ろでガラガラガラと地下鉄の入り口が閉鎖される音が聞こえた。

2月の寒空は容赦なく僕の体から体温を奪っていく。

「また間に合わなかったか…」

僕はふと心の声を白い息と共に吐き出してみる。何も変わらない。

残ったのは終電を逃したという焦りの気持ちと、いつもギリギリで間に合わないことばかりの自分の性格への嫌悪感だけである。

タクシーを使うのももったいないので、仕方なく7キロ先の自宅を徒歩で目指す。

歩きながら自分の過去を思い返してみると、僕の人生はいつもこうだ。


高校最後の陸上部の大会で、100メートル走に出場した。予選2位までが決勝に進める中、僕の前には2人の姿があった。「あぁ、決勝は無理か」とゴール手前で力を抜いた。
決勝に行くはずだった選手が1人欠場し、予選3位以下の選手の中から1位のタイムの選手が決勝に繰り上がった。僕は2位だった。0.02秒差で。最後に力を抜いていなければ、決勝の舞台に立っていたかもしれない。


いつだって僕は諦めの人生を歩んでいる。今日の終電だって、2つ前の信号から走っていれば間に合う時間だった。
高校を卒業し、なんとなく地元の大学に進学して、ただ講義をする教授の声を右から左に流すだけの生活を繰り返しているうちに、諦めることに慣れてきた気がする。なんでも100%の力を出さなくてもある程度のところまで到達できてしまう、変に器用な性格のせいだろうか。ここぞというところで熱くなれない。

そんな暗いことを考えながら烏丸通を北へと進んでいく。

ふと反対側の歩道に目をやると、スーツを着たサラリーマンが電話をしながら歩いている。こんな時間まで仕事の電話か。あるいは帰りを待つ家族への連絡をしているのか。少なくとも彼の喋る顔は、僕にはとても充実しているように見えた。

「うらやましいなぁ…」

勝手に飛び出たその声に自分でもびっくりする。でもその声はたしかに自分のものだった。

僕は焦っているのだ。走れば間に合う終電に乗り遅れることに。就活が始まっているのに動けていない自分に。閉まりかける人生の扉に飛び込めない自分に。そして、それが分かっているのに変わろうとしていない自分に。

恐らく今までみたいになんとなくの選択と努力だけで生きていけないことに薄々気がついてきたのだと思う。でもどうしたらいいのか、何から始めたらいいのか分からない。まるで暗い水の中で1人もがいているような気持ちになる。
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「あれ?なんしとん?」

そんな声にふと顔を上げる。そこには大学の友達の寺島が立っていた。

「うおぉ、寺島か、終電逃したから家まで歩いてるねん」

「何してんねん笑」

「家遠すぎて足がちぎれそう」

「大げさな。王将でも行く?」

「あぁ、ありやなぁ」

寺島は大学の入学式で横の席になって以来、3年間ずっとつるむ仲だ。1人で悶々と沈んでいた僕は、とんでもないテンポで決まった餃子の王将への寄り道を、救われたような気持ちで進んでいく。自動ドアをくぐる。

 「いらっしゃいませ!」

「生2つと餃子を2人前、それと麻婆豆腐でお願いします」

席に着くやいなやメニューも開かずにそう店員に告げる寺島。こいつはいつも決断が早い。前に、「そんときのフィーリングが自分にとって最良の選択やから悩む必要なんかないんや」と豪語していただけの事はある。

僕にはその感覚が分からない。

何をするにも二の足を踏んでしまって、今日みたいに終電を逃してしまうような生き方をしているのだから、理解できないのも無理はない。でも。確かにその時の自分が1番いいと思ったことを後から振り返って、「あの時こうしておけばなぁ」と後悔するのもなんだかナンセンスな気もする。それくらいの感覚なら僕も併せ持っているのだけど。実際そういうメンタルで動くとなると、難しい。

驚異のスピードで提供された生ビールで乾杯し、餃子をアテに取り留めのない話が始まる。

「なんで終電逃したんさ?」

「いや、バ先の客がなかなか帰ってくれんくてさ、締めが遅なったんよ」

「それはきついなぁ。まあけど深夜時給の時間増えたしいんじゃね?笑」

「良くはないだろ。歩きで帰るのとか寒すぎるし」

「相変わらずネガティブよなぁお前は。終電逃したおかげで俺と飲めてるんやからいいやんけ。」

「うるさいわ笑」

ほんとにこいつは。いつも僕が深刻に考えていることを笑い飛ばしながら励ましてくれる。リスクがあっても、先が見えなくてもとりあえず動いてみることが出来る。そんなエネルギッシュな男である。なんでこんな正反対のやつと仲良くできるのか訳が分からない。

.......

気がつくと話は僕の愚痴になっていた。

「僕さ、さっき歩きながら考えてたことがあるんやけど」

 「ん?」
寺島は麻婆豆腐を頬張りながら顔を上げる。

「いや、僕ってさ、最近諦めるってことに慣れてきてる気がするんよな」

「どゆこと?」

「さっきの終電も本気で走ったら多分間に合ってたんよ。そんな感じで、何する時もまあいっかとか、明日やろうとか間に合わなくても仕方ないよなぁみたいなことが最近多くて。就活とかもあんま出来てへんしなぁ。」

「ポエマーかよ。そういう話好きやなぁ。」

「茶化すなよ、割と本気で病みそうやわ」

「まあ、確かにそういうところあるなとは思ってた。お前。けどそれってポジティブに考えたらリスク回避が上手いとも言えるし、計画性高いとも言えるやん。」

「まじかよ。」

「うん。実際旅行の計画立てる時とか、お前めっちゃちゃんと行程考えてくれるし予約とかもしてくれるし助かっとると思っとる。」

「な、なるほど、。」

「なんでも悪い方に考えるのが1番お前の悪い所やと思うぞ。諦めちゃうとか優柔不断とかも自分の個性なんやから大事にしろよ。」

そう言い切って寺島は残っていたビールを一気に飲み干す。その仕草に迷いは見えない。(当然といえば当然である。ビールを飲む時に迷いの仕草が見える人なんてこの世にいるのだろうか。)

でも、このタイミングでこいつと会えたのは良かったのかもしれない。暗い水の中でもがき苦しんでいるような最悪の気分の時は、こういう明るくて元気な友達と話せばいいのか。そう思って僕も残りのビールを飲み干す。僕たちはいつもおかわりはしない。

「ありがとうございましたー!!」

店を出る。

「そういえば寺島はこんな時間にさっき何してたん」

「あぁ、最近太ってきたからダイエットと思って夜ランニングしてるんさ。」

「王将なんか食ったら意味ないやん笑」

「や、あのシチュエーションで王将に行かん選択はバカだね。楽しかったらそれでいいよ。」

「どこまでも能天気やなまじで。」

「うるせい。まあ、元気出せよ。俺こっちやし帰るしな。」

「おう。ありがとうな!ばいびーのす」

「ばいびーのす〜!」

そう言い残して寺島は走り去っていった。横腹痛くならないのかな、、、?
そんな心配をよそに寺島は軽快に夜の中に消えていった。

少し重くなった体と瞼に鞭を打ちながら、改めて自宅を目指し歩き始める。

歩き出してすぐに鴨川の河川敷に着いた。木製のベンチが目に止まり、一旦そこで酔いを覚ましがてら休憩することにした。僕は酒があまり飲めない。

「よっこいしょ」

意識して声に出しながらベンチに座った。
なんの気なしに空を見上げてオリオン座を探してみたが、見つけることは出来なかった。ただただ、星が綺麗だった。

自分は結局何をどうしたいのか、分かっていないんだなと寺島と話して気がついた。ただ漠然とした未来への不安が、自分の中で渦巻いて悶々としてしまっているだけなのだと。それは悪いことではないのかもしれない。今ならそう思える気がした。
こうやって夜に川で星を見上げて、見当たらない星座を探している今の状況は、見えない未来を見ようとしているようでなんだかおかしくなった。

どんなに強く念じても星は落ちてこない。
どこかでそんな歌を聴いた気がする。全くその通りだ。自分が動かないことの理由を考えるんじゃなくて、今を生きよう。明日を生きるのは難しいかもしれないから、まずは今日を生きよう。
そう思って立ち上がる。まずは家に帰ろう。帰ってゆっくり寝よう。話はそれからだ。

胸のつかえが取れて少し軽くなった体で、また家路を目指す。

道端の桜の木には、桜の蕾がひそかに膨らみ始めている。

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