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ふさわしい不倫(29)

翌朝、上司にラインをした。
突然入院することになって、大事には至らず2週間後には退院できます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。今はバタバタしていて、詳しくは改めて電話しますと。

勤務先では、コロナのピーク時には、部署の事務8人中、常に1、2人休んでいたが、仕事はどうにか回っていた。小さい子どもを持つ母親も多く、日頃から子どもの風邪などで頻繁に休んでいる人もいて、ありがたいことに休みやすい環境だ。

そんなに迷惑はかからないけど、ある程度詳しく話さなければいけないよね。
だけど、さすがに不倫相手の子どもに刺されたとは言えないし。
交通事故にしようか。
頭や腕じゃなくて、お腹の怪我となるとちょっと変かは。
婦人系の病気にしよう。
いつのまにか子宮筋腫が大きくなってたっていうのがいいかな。
ネットで病名を調べていると、大地が扉をノックして部屋に入ってきた。

大地は白とピンク色の花束を抱えている。
誕生日も祝ってもらったことなかったのに、こんなことで花束を頂けるとは。

私がわざと「どこに生けるの?」と聞くと、大地は一瞬固まって「あ!そうだよね。」と困った顔をした。
花瓶は次回買って来てもらうことにして、ひとまず水2リットルのペットボトルの上部をハサミで切って、そこに生けた。


「調子はどう?」

「ズキズキするって時があるけど、すぐナースコールして痛み止めお願いしてるから大丈夫。
とにかく痛いのはやだよ。」

「うん。
そうだよね。
会社に連絡した?」

「さっき、とりあえず簡単な連絡だけ。
刺されたとは言えないから、子宮系の手術にしようかと思う。」

「そうか。
家族には?」

「家族には伝えないことにするよ。
このまま伝えないでも済みそうだから。
姉には話すかもしれないけど。
両親には話せないよ。」

「費用は俺が払っておいたから。
親に伝えたんだよ、今回のこと。
俺の家族のことは、増田家の問題にもなってるから。」

「増田家ね…」

大地の問題は、増田家が引き起こしていて、増田家によって救われているような気がしてならない。

大地の子どもたちが児相に連れて行かれたとき、大地が子どもたちの面倒を見るには、早急に家族4人が住める十分な広さの部屋を契約する必要があった。
そして、大地が家事育児に専念できる現実的な生活プランも考えなければいけなかった。

妻の父親はすでに他界していて、母親は地方で暮らしていたけど、母親は高齢で妻の世話をするのが難しいことと、子どもたちには母親が必要であることから、大地が仕事を時短にして、3人のめんどうを見るのがベストであるという結論になったようだ。

幸いなことに、大地の実家は裕福で金銭のサポートを惜しみなくするということだった。

お金があれば、仕事と育児の両立はだいぶ楽になる。
夕飯は家事代行に作らせたり、外食すればいい。
妻が鬱になったのは、もともとADHDのためストレス耐性が低いのかもしれないけど、仕事と育児、しかも、ADHDの男の子2人の育児をすることで相当なストレスがかかったからに違いない。

彼女がときどき横道に逸れることを知っていたら、児童虐待までにはいかなかったんじゃないかと思う。

増田家には代々受け継ぐ資産があったため、それを守るために血縁をサポートすること、とくに長男や長男の子どもには手厚くサポートするという方針があった。

大地は本家で行われる親戚の集まりや、古い慣習に興味がなかったけど、本当に困ったときに助けてくれるのは父親であると実感しただろう。

でも、きっとそれは、小さい頃から分かっていたことで、多少の困難は増田家がサポートしてくれるという甘えはずっとあったはず。

だからこそ、内面に問題を抱えた妻を引き寄せたんだと思う。
自分には余力があり人のめんどうが見れると。

妻は幼少期に、自分の子どもにしたことと同じように、厳しい教育を受けていた。
そのため、成績は国立大を首席で卒業し、官僚候補とも言われていたらしい。
会ったことはないけど、きっと友達が少ないと思う。親や友達と遊ぶ時間は無理やり勉強に充てられてきたんだから、心のゆとりはなくなるだろう。

でも、ADHDの特徴で、そもそも人付き合いが苦手で、その代わり自分の興味あるものに没頭できたなら、友達なんて必要ないかもしれない。

人とのコミュニケーションを取るのが苦手なのに、家族を持ったのはなぜだろう。

家族を作るのは当たり前だから?
家族を作って一人前だから?
家族は幸せの象徴だと思っているから?


「大丈夫?」

「あぁ、ごめん。
なんか、ごちゃごちゃ考えちゃって。
なんだっけ?
手術代払ってくれたのね。
私も貯金があるから払えるけど、100万とか200万くらいだった?」

「いいよ。
うちの子がしたことだよ。
大丈夫だから。
今日、朝一で自首してきたんだよ。」

「え!
だけど、私たちの不倫が原因だよ。」

「人をつけてマンションに忍び込んで、ナイフで刺すなんて、どんな理由があっても許されないし、異常なんだから。
犯罪なんだよ。
俺が悪かったんだよ。
俺がもっと前から、ちゃんと見てあげてたら。
お兄ちゃんの方は手遅れかもしれない。」

「かなり頑張ってたと思うよ。
平日の夜も、土日もサッカー付き合ってたじゃん。
私とは週一、子どもが寝た後、夜だけだよ。
そんな息抜きも許されないの?
育児ってそんな完璧にしないとだめなものなの?」

「あぁ、俺もわからない。
あいつとはもっと会話しないと。
だけど、話しても何考えてるんだろうって思うときもあって。」

「薬飲んでるって言ってたよね。
精神疾患で実刑にはならないんじゃない?」

「わからない。
重度の疾患ってわけじゃないし。
弁護士とはこれから詳しく話すんだけど。

その、一つお願いがあって…
 
大樹を刑事告訴しないでやって欲しいんだ。
お願いします!
大樹の未来がかかってるから、
どうかお願いします!」

「そんな…
そんなことは、するつもりないよ。
私たちのせいでしょ。
許せなかったんでしょ。
母親以外の女が、気持ち悪くて、憎かっただけでしょ。
まだ子どもだから。」

「いや、死んでたかもしれないんだよ。
示談させてください。
慰謝料はいくらでも払うから。
もうすぐ警察が事情聴取に来ると思う。
示談するって言って欲しいんだ。
そうすれば、もしかしたら実刑は免れるかもしれない。」

「ちょっと待って。
刑事告訴はしない。
それはしないから。
示談については、考えさせて。」


(つづく)



















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