一瞬の恋(短編小説)
その日は雨だった。
ぼくは、雨の商店街を行きかう人の中に、その人をみつけた。
傘で隠れて鼻から上は見えなかったけど、通りを颯爽と歩いて行ったその人に惹かれた。
☆
ぼくは、商店街のいりぐちにある、1階の露天の八百屋でバイトをしていた。
今日は雨だから、人どおりがまばらで、雨の中、わざわざ八百屋に足を止める人も少ない。
客足の少ない店番で、ぼくは時々ボーっとしていた。
正解には、いつお客さんが来てもいいように外を眺めて店番をしていたけど、意識は遠いとこにいて違うことを考えていた。
そんな風に、気を抜いていたぼくの目の前を、横切った女性がいた。彼女は八百屋の商品を見ながら止まる様子はない。しかし過ぎ去る刹那、一瞬口元だけ微笑んで、通り過ぎていった。
ぼくはその女性を無意識に目で追った。
笑っていた?
なんだろう。
ああ。
ぼくはすぐに正解がわかった。
店先には目と口を書いた大きなカボチャが置いてある。ハロウィンの展示だ。きっとそれに気づいたんだ。
彼女の顔は、傘で鼻から上が見えなかった。でも、微笑んだ口元が、ぼくにフックのかかる色気のある口元だった。
ぼくは、一瞬で心を奪われて、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで目がはなせなかった。
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