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【ネタバレ注意】ただひたすら戦艦「ミズーリ」への愛でできている映画「バトルシップ」

先日「カーズ2」のレビューで車のことを書いたら今度は船についても書きたくなったので映画「バトルシップ」のレビューを書きます。

本作はハワイの真珠湾に現れたエイリアンと日米連合艦隊が戦う所謂「侵略SFモノ」です。ユニバーサルの100周年記念映画として企画され2億ドル以上もの制作費がつぎ込まれたにもかかわらず批評家からの評価は散々で、その年の駄作映画に贈られる「ゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)」で全10部門のうち6部門でノミネートされる結果となりましたが、主にバカ映画に造詣の深い人を中心に熱狂的なファンを獲得し、地上波放送される際には主にTwitter上でお祭り状態となります。
なお、2017年の地上波放送時には、当時静岡県の石廊崎沖で発生したコンテナ船と米海軍イージス駆逐艦フィッツジェラルドとの衝突事故の影響により延期される事態となりました。侵略SFバカ映画と海難事故に一体何の関係が?と一瞬思いますが、これがもうタイムリー過ぎるくらい映画の内容と事故の内容がリンクしており、もはや「バトルシップ祭り」を盛り上げる運命の演出ではないかと思ってしまいました。この事故と映画の共通点、それは「現代の駆逐艦は脆い」ということです。

フィッツジェラルド (ミサイル駆逐艦) - Wikipedia

石廊崎沖の事故では、コンテナ船と駆逐艦が衝突し、駆逐艦の方が大ダメージを食らい7名もの死者を出し、艦長および士官が職務怠慢と業務上過失致死に問われる事態となっています。民間の商船より駆逐艦が脆いとはこれ如何に?と思ってしまいますが、これは第二次世界大戦当時の”大艦巨砲主義”の頃の軍用艦と現代の軍用艦は設計思想から戦い方まで何から何まで変わってしまったことに由来します。昔の軍用艦は、巨砲を何本も積むために船自体を巨大にして船体を頑丈な装甲で覆った文字通り”鐵の城”でした。そのため攻撃を食らってもすぐには沈没せず持ちこたえる耐久力があり、、だからこそ両軍相見える距離で巨砲を撃ち合う「海戦」が行えました。一方、現代の軍用艦は巨砲を積む代わりに、ハイテクのデジタル機器、高性能レーダー、長距離攻撃が可能なミサイルを搭載し、それらを駆使して精密な索敵ののちミサイル攻撃を行います。つまり、現代に於いて巨砲を撃ち合う「海戦」が行われることはもうありません。そのため現代の軍用艦には分厚い装甲は必要なく、無装甲の軽量艦となっています。

本作の冒頭、ハワイの真珠湾沖で米海軍と日本の海上自衛隊を中心とする環太平洋合同演習が行われている最中、地球侵略を企む宇宙人の先発隊が現れ、真珠湾一体に物理攻撃はおろか電波通信すら遮断する巨大バリアを張り、米海軍の駆逐艦と海自の護衛艦を閉じ込めて攻撃します。この海戦も一見なんだこりゃ?ですが、非常によく考えられた設定と言えます。ハイテク機器と長距離ミサイルを搭載した軍用艦が電波の送受信ができないバリアの中に閉じ込めたら確実に不利になりますから。ということで日米連合艦隊は宇宙人の攻撃によりなんだかんだで全艦沈没。そこで最後の頼みの綱として出てくるのが”最後の戦艦”ことアイオワ級戦艦「ミズーリ」です。

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ミズーリは1944年に米海軍最後の戦艦として就役し、太平洋戦争での日本の降伏調印式場となったことで知られています。その後も朝鮮戦争に従軍し、1955年から約30年一旦モスボール(予備役として保管)されますが、東西冷戦に伴い1986年に現役復帰。湾岸戦争に従軍したのち1992年に退役し現在はハワイにて記念艦として一般公開されています。ところがこの艦、1940年代~1990年代を生き抜いた巨大戦艦ではありますが、現役時代に行ったのは護衛、海から陸への艦砲射撃、対空砲火、演習、ミサイル発射などで、戦艦対戦艦が巨砲を撃ち合う「海戦」を行ったことが一度もないのです。劇中、ミズーリは「バリアの中に最後に残された戦艦」として登場し、退役軍人の老兵たちとそれはもう血沸き肉躍る大活躍をするのですが、きっと監督以下製作スタッフは映画の中でミズーリにちゃんと「海戦」をやらせてあげたかったのではないでしょうか?現実がダメだったのならせめて虚構だけでも…というように。
なお、本作の原題は日本版タイトルと全く同じ「Battleship」です。それは本作の原作(?)が同名のボードゲームだからなのですが、本来、駆逐艦(護衛艦)は「戦艦(Battleship)」の範疇には入りません。本当に「戦艦(BattleShip)」と呼べるのは、巨砲、戦場に高速で移動できる機動力、自らの砲撃の衝撃に耐えられる耐久力を持った軍用艦を指します。現在のアメリカに残っているそんな軍用艦は…と考えると、本作の真の主役はミズーリそのものであったことが分かります。もはやこれは「愛」です。本作はただひたすらミズーリへの愛情で出来ているといっても過言ではありません。だいたい日本の降伏調印式場として太平洋戦争終結の象徴となった戦艦が、その開戦のきっかけとなった真珠湾でかつて交戦国だった日本の海上自衛官と一緒に宇宙人と海戦を繰り広げるんだから胸が躍らないわけがありません。もうこのプロットだけで勝ちは決まっていたようなものです。どんなに設定やストーリーに穴があっても、作り手の愛情が感じられる作品はファンに愛されます。アワードや批評家からの評価は関係なく。

そもそもこんなアナログなボードゲームを原作にユニバーサル100周年記念大作を作れという企画自体がどうかしてる。

で、このミズーリの登場シーンがムチャクチャカッコ良いんですよ。Youtubeを漁ると、同じように思っているであろう海外の”バトルシッパー”たちがこの登場シーンだけを抜き出した動画を大量にUPしていました。

まあこのシーンも、環太平洋合同演習式典に呼ばれた元乗組員&観光ガイドスタッフの老兵達がどうしてみんなミズーリ艦内にいい感じにスタンバイしているのか?記念艦なのになぜ砲弾があるのか?などと突っ込みたくなりますが…

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カッコ良ければ全て良し!本作にそんな突っ込みをするなんて野暮もいいところ!
AC/DCの「Thunderstruck」に合わせて生き生きと働き出す老兵達の姿はミズーリが”現役復帰”したことのメタファーなのでしょう。また老兵達の台詞がいちいち粋です。例えば、自分の子供どころか孫ほど年が離れた若い兵士に初対面で「Son!」と呼びかけているところとか、リアーナ演じる女性兵士に「Are you ready to play with the big boys?」と話しかけているところとか。この台詞、吹替では「戦艦を操縦してみたくないか?」的な台詞だったと思いますが、オリジナルの台詞を直訳すると「大きな男の子達と遊ぶ準備はできてるか?」。若い奴が言えばセクハラかもしれませんが、80~90代の老兵が言うとウィットに富んだ台詞になります。だってジジイが自分達のことを「big boys」ですよ。粋!とにかく粋!他にも、ボイラー室にいる老兵がブリッジに「I got 8 boilers hot. Ready to rock'n roll sir!」と「戦闘」を「ロックンロール」と表現して報告するところとか、おそらく日系人と思しき老兵がオアフ砲撃に対し「Holy shit!」(なんてこったい!)と呆れてみたりと(真珠湾だけに)、老兵登場直後から粋でクールな台詞のつるべ打ち状態となります。その中でも一番はやはりこれでしょう。

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「戦艦が簡単に沈むか!」

宇宙人の攻撃を受けて大丈夫か?!と慌てる現代の駆逐艦クルーに対してこの一言。これは実際には「They ain't gonna sink this battleship. No way!」(奴らはこの戦艦を沈められない。絶対にだ)と言っているのですが、「No way」は「絶対にあり得ない」「0%の可能性もない」という強い否定を表す言い方。昔の戦艦の頑丈さを分かっているからこそ断言できる台詞です。あと攻撃時に「Mother fucker!」と口走った老兵の「F」のタイミングに「Fire!」(撃て!)をかぶせて消去音の代わりにしたりと細かいネタまで仕込まれています。

ラストの海戦がこれまたアツく、錨を使って急旋回して敵艦に対し全砲塔を使えるようにするという、日本海海戦の東郷ターンが元ネタなのでは?という激アツシーンもあるので、是非レンタルかブルーレイを購入するかしてご覧下さい。地上波放送時の祭りもそれはそれで楽しいのですが、オリジナル音声だと先にご紹介した老兵の粋な台詞の数々を堪能できます。加えて放送時にカットされてしまうエンディングテーマ「Fortunate Son」も聴けます。

この「Fortunate Son」はアメリカのロックバンドCreedence Clearwater Revivalが1969年にベトナム戦争の反戦歌としてリリースした曲で、徴兵から逃れられる政治家や金持ちの息子「Fortunate Son(幸運な息子)」を、徴兵から逃れられない普通の息子「no fortunate son(幸運じゃない息子)」の視点で捉えた皮肉と風刺に満ちた歌詞なのですが、本作を見た後に聴くと、戦いから逃げずに命がけで戦う「no fortunate son」な兵士達を讃える労働讃歌のように聴こえてくるという不思議な効果があります。敢えて反戦歌を持ってきて異なる意味を持たせるチョイスもまた上手い!ちなみに本作に出演している老兵と義足の傷痍軍人は本物の元米兵だそうです。

オススメ

劇中歌のAC/DCの「Thunderstruck」は1990年リリースのアルバム「The Razors Edge」の1曲目に収録されています。近年だとAC/DCの楽曲は「アイアンマン2」にも多数起用されたので聴いたことのある方は多いんじゃないでしょうか。

Creedence Clearwater Revivalの「Fortunate Son」はアルバム「Willy and the Poor Boys」に収録されています。これも多くの戦争映画やゲームに起用されているのでどこかで1度は聴いたことがあるはず。有名なところだと「フォレスト・ガンプ」「ダイ・ハード4.0」「トロピック・サンダー」なんかに使われています。

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