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義父が退院するっぽい<3>

夫の朝は早い。
六時に家を出る人が、なぜか三時には起きて身支度を始める。
なにをするかといえば、身支度が終わった状態で居間の定位置に座り、暴れん坊将軍を見ている。

朝はギリギリまで寝ていたい私には全く理解できないのだけど、
おかげで夫は就寝時間も早く、人と生活時間が六時間ほどずれている私が家に帰る頃には既に夫は寝ていて、逆に私が寝ている間に出勤していくため、同じ家に生活していて顔を合わせない日が週に三回か四回かあったりして、逆にストレスにならない。

それはともかく。
今朝もそんな感じで夫は三時頃に起き出し、
いつもは目が醒めないんだけど、ちょうど眠りが浅いときにドアの開閉音が耳についたらしく、私も目が醒めてしまいました。
四時半頃だったと思います。
仕方無いので寝直すまでの間にスマホでドラクエのアプリを遊んでいたら、居間にいる夫が突然誰かとしゃべり出した。
気がつかなかったけど、固定電話が鳴ったらしい。

こんな時間に固定電話をかけてくるなんて、心当たりはひとつしか無い。
義父のお世話になっている病院である。
はいはい言ってないで私に声をかけろ、会話内容を共有しろ、と思いつつ、布団の中でゴロゴロしていたら(起きろ)、電話を切った夫がやっとやてきた。

「じいさん(義父)亡くなったってよ」

あら、って感じです。
この時間の電話だから、危篤か死亡か、の二択だとは思ってたので、驚きはしませんでしたが、
この前の「命の危機は脱しました」報告の後、特に連絡も無かったし、すっかり油断してました。

T某は週末はだいたい家にいないので、夫がラインをしましたが、既読になりません。まぁ来たところでしてもらうこともないので、とりあえず放置。

病院から連絡があった以上、寝てるわけにはいきません。
夫は仕事に行く準備を整えてはいたけど、私は寝起きです。寝起きでこれから車運転していかなきゃいけない。
半額の時に買ったままずっと手をつけていなかったエナジードリンクを飲みつつ、身支度です。

義父の入退院や万一の手続きに必要な書類とお金は、常にひとつのバッグにいれてあります。
その中に、「小さなお葬式」の連絡先も入ってます。どうしたって緊急事態だから、ど忘れしないように、なにを言えばいいかもメモしてあります。

まぁ、まだ葬儀屋を呼べとは言われてないので、とりあえず病院に向かう。車を出してから、ガソリンの残量がメモリ二つまで減ってるのに気づく。いつ呼び出されてもいいように半分以上にはしておくのだけど、今回は完全に油断してました。しかしこの時間、経路には営業しているスタンドはなさそうです。大丈夫だろうと、車を走らせる。

真っ暗ななか、雨まで降り出して視界は悪く寒く。こんな時に事故なんか起こしていられないので、慎重に。

夜明け前

夜間用の出入り口を開けてもらい、入院の時に入った記憶のある通路を通されると、安置室があります。
祭壇の前に置かれたストレッチャーで横たわる義父。
ここは「死後処置」が明細に書かれるだけはあって、白い浴衣なのか着物なのか判らないけど、それに着替えさせていただいてました。夫が、『旅装束です』と包みを渡されたけど、中身を確認してる余裕はなかったです。
とりあえず、対面。

義父は、口を大きくあけ、目を半開きにしてました。
無理にまぶたを閉じると、眼球を傷つけるかも知れないので、とのことで。
右足を折り曲げ、全体的に左向きになっているのは、常にベッドの柵を握っていたからなんでしょうね。

もちろん私も夫も泣いたり話しかけたりと言うことはなく。
しばしの対面の後、

「自由に出入りできるよう、安置室の鍵は開けておきます。ここは寒いので、とりあえず暖房が入る控え室へどうぞ」

と、別の部屋に通されて、そこで当直の看護師さんのおはなし。
深夜の巡回の時は、柵を握る力もあり、不安要素は無かったそうです。
それが、明け方になって、いつの間にか息をひきとっていたと。

苦しむ暇も無かったようです。
見せられた死亡診断書。死因は「肺炎」でした。

「もしお付き合いのある葬儀屋さんがいらしたら、連絡を取ってください」
「来られるお時間が判ったら、病棟に声をかけてください」
と看護師さんはここで退出。

早朝の病院の一室で、用意してきた連絡先に電話します。義母の時もお世話になった「小さなお葬式」のフリーダイヤルです。
今回は、前々からの計画通り、義父は預かり安置の上の直葬です。預けちゃうよとは、T某にも言ってあります。オプションも何も要りません。
義父の名前の中に異字体があることを説明するのに、義父あてのコロナワクチン接種券の封筒を引っ張り出したりとかてんやわんやしつつ、なんとか質問に答えると、担当者から折り返しますと一旦電話を切る。

前回も利用してるので、なんとなく仕組みは判ってるけど、近隣の提携してる業者を手配してくれます。連絡をくれたのは、最寄り駅の隣の駅近くの葬儀屋さんでした。
「八時から八時半の間に伺います」
って、今何時? まだ六時過ぎじゃん!

家に帰るには中途半端な時間。
しかしすることもない。ていうか時間があるなら寝ておきたい。
眠れないのは判ってるけど少し寝たい。しかし、この状況で、車で寝るとも言えない。
結果、部屋の中の椅子を並べて、自分の上着を枕に、夫のダウンジャケットを布団代わりにして、私は横になってました。夫はずっと座ってスマホをいじってました。

つづく

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