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<my story>根無し草なわたしの、キャリア最長記録2(30代~今)

職業:大学 就職支援センター勤務 年齢:40代


【30代①日本語学校の事務】海外での経験を日本で活かす

約10年ほど海外で生活をして、32歳の頃、日本に戻ってきました。
海外ではパートナーの仕事についていましたが、日本では今度は私が働いて、彼がアルバイトしてという生活をしていました。

日本に戻ってきた時にも、どこかで海外に携わっていたいという気持ち、海外で生活する難しさを経験していることから、そういう人を助けたいという想いがありました。

だから日本語学校の事務局のスタッフとして、外国から来られた学生さんをサポートする場で3年間働きました。

営業も兼ねていたので、私はフランス語と英語圏内の募集とか海外のエージェントとお話をしたりとか、ビザ申請のために面接したり。病院の付き添いから、借り上げ寮だったので不動産業とのやり取りとか。入管の手続きの書類を作成したり。

繁忙期は数日徹夜で泊まり込みをする事もありました。
業務が幅広いがゆえに、マルチプレイヤーにならないといけない。

日本語を学びに来る学生たちは、高校上がりくらいの子が多かったので、まだ大人とも言えない年齢。
とてもかわいくて、色々相談のったりしていました。

その頃、「ちゃんと自分の仕事がしたい。」とパートナーだった彼の気持ちが高まり、そしてお互いに、介護はまだ必要ないけれど親の近くにいたいという気持ちが強くなってきて。

それがお互い譲れなくて、彼はオランダで私は日本で1年間別居して、どっちの国でも仕事ができるようにとしたんですけど、お互いそれでも母国で暮らすと、母国がいいとなってしまって。

お互いに相談して関係を終える選択をしました。

とてもとても悩みました。

でもこんな時、誰かに相談して「こうしたら?」と決められてしまうと、その人のせいにしてしまうなと思って、「自分で考えて決める。」ということは大事にしていました。

ライフステージの決断も30代中旬は、アップダウンが大きかったのですが、今となってはとても大事な経験だったと思います。

【30代②大学へ転職】今後のキャリアを考える旅へ、そして今の場所へ

今後のキャリアをじっくり考えたくて日本語学校をやめた後は、1年間仕事をせずに日本のあちこちの田舎に行って農業のお仕事を手伝わせてもらったり、ボランティアしたりしながら生活をしていました。

自然の中でゲストハウス作ったり、ぶどう輸入してワインを造ったり、色々やりたいことはたくさんあって。

そうして旅をしながら考えた末に、もう少し多くの人と関われる組織の中で経験を積みたい。
と新たに職を探すことにしました。

前職の日本語学校が今の大学の近くで、ハロウィンなどイベントで共催していたり、こちらの学生さんと話するのが楽しかった。
そんな学生がいる大学で働いてみたい。と思った事と、祖父が大学の教授をしていて、母も大学卒業後に助手をしていたり、いとこが教授だったり、私以外は大学関係者で、もともと興味もあったこともあり、この京都光華女子大学で働く事を選びました。

【入社1~5年目】根無し草なわたしの、キャリア最長記録

同じ国や同じ場所で3年が最長だった私。
だから4年目がすごく長くて。
他の人にしたら何を言っているんだというところだと思うんですけど。

正直今やっぱり悩むところがあります。

でもこの5年目は、1・2年目で見えないところが色々見えてきました。
そこは楽しいし、余力が出てきたり、クリエイティブさや深みがでてくるのはこれからじゃないかと、もっと面白くなるんじゃないかと。もうちょっと続けてみようかなと今は考えています。

入社当時、就職支援においてはキャリアが全くなかったので、何をしていいのかがわからないところからのスタート。

毎日周りの人をみながら覚える日々、関わる人は生身の学生。大切な学生のキャリアに関わる大きな責任もあったので、毎日ただただ必死でした。

あんな声掛けで良かったんだろうか、1・2年目はずっと自問自答し続けていました。

2年目の終わりにキャリコンを取ろうと決めて、取得して、専門的な知識が備わり少し前よりは自信が持てるようになったというのが3年目からです。

そして、4年目を終え、今は5年目。
いい意味で環境に慣れてきて応用がききやすい。
でも違う言葉で言うと、1年間のフローに慣れてきてしまっています。

こんな時、いつも新しいもの、違うものに魅了されてきているので、違うところも見てみたいなという煩悩も出てきています。

ちょっと海外旅行をして、息を抜いていこう、とか。
日本の中でも色んな人と関わりながらそこで楽しみをを見つけていこう、とか。
色々考えています。

今の仕事は、人柄とか価値観とか世界観とか全部反映されると思うので、自己研鑽しながら続けていかないといけない仕事だなと日々感じています。

最初の社会人経験で、「お客様が神様」「自分がどんなに疲弊していても絶対笑うように。」と学び、そこから、自分のことよりお客様。自分は後。
という感覚でずっといました。

でもフランスにいたときにガラッと変わったのが、仕事が終わったら完全オフ。
残業もしない、バカンス2カ月取るし、みんなそのために頑張ると言い切る人たちを見たときに、ワークライフバランスをきちんとしないと、パフォーマンスも落ちるなと思いました。

仕事をしているから生活が豊かになるんだったらベストだけれど、仕事の為に自分をどんどん削るのは違うと思う。
統一の認識を持ってるチームが強いから、そいういうチームをいっぱい作りたいです。

誰かが残っているから帰れない。というのはそもそも理解をしたくない。

そういうのをなくしたい。
メンタルバランスは気にして仕事はしています。まずは自分がやらないと。ひとりでもあっと言わせられたら広がっていくと思っています。だから、私は1分も大事です!と言いきって帰ります。
仕事も総じて、仕事のパフォーマンスもよくなるんだということを自分が見せていきたいと思います。

もうひと動きしたい!

だから今ここにいるのかなと思ってます。

今のところ長いけど、もうそろそろか?
ここで4年もいるんだからずっといるの?
なんて友人からも家族からも言われますけどね。(笑)

【これから先】これまでのすべての経験をいつかカタチに

どんな経験も無駄なことはない。
あの時があったから今がある。

「いかに今までの経験を活かすことができるか。」

今も周りに職人さんが結構多いので、こういうことで困っているんだけど、ってあっちこっちで聞こえてきて。

それだったら、こういうことをすれば解決するんじゃない?って。
人と人、ビジネスとビジネスもそうだし、縁がつながると新たなものが生み出せると思います。

2年後なのか10年後なのか。人がつながる場所をつくってみたり、今までの経験を形にして、誰かに還元するようなことをやってみたいです。

Q:くじけそうな時はどのように解消しますか?

土に触ることです。ちっちゃなベランダですが、植物を育てています。

実家には庭があるので、芝生の上で歩いてみたり、植物園に行ったり。

植物は種を植えてしばらくは芽が出ない。
形は見えないけれど、ちゃんと根を張っていて、そのうちに目が出て花が咲いて実ができて。

水をあげないとしおれるし、あげると葉っぱがしゃんとする。
その姿を見ると、頑張ろうって思います。

落ち込んだ時の自分の薬ですね。

Q:生き方や考え方に影響した本や言葉を教えて下さい。

最初に働いたホテルで、私が退職を話した時、人事や周りの人はひき止めてくれました。

せっかく育成に時間をかけたのに。と今なら気持ちはわかります。

でもその時、上長だった方が、すごく厳しい人だったんですけど、

「僕は君の人生に責任が持てないから、辞めるなとかあと半年とか言えない。自分で決めたことだから、自分で責任をもってちゃんとするんだろうから。」

と私の選択を受け止めてくれました。

これって、すごく今の仕事にも影響をしていて、
「あなたが選択したことだから自信をもっていけばいい。」
と学生や周りの人にも伝えています。

Q:ご自身にとって京都ってどんな場所?

文化を感じれる場所というか、古き良き日本人のスマートな生き方が垣間見れたり。お寺も愛でれるし、散歩が出来たり、タイムトリップできるような「異空間」だなと思います。

私にとって、とても居心地がいい場所です。

Q:あなたにとって仕事とは?

元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム氏は「サッカーはバランスを保つために、『水を運ぶ選手』が必要である」と語ったそうです。

水を運ぶ人がいるから活躍する人がいる。
いい具合にパスをしているからゴールを決められる人がいる。

私は仕事だけでなく、人として「水を運ぶ人になりたいな」と思います。

周りの賞賛が得られなくても、自分がちゃんと水を運べたなと、自分の役割をしっかりと自分自身で認めることができる人になりたい。

まだまだ、もっと褒められたいなって思ったりするけれど、そのエゴを捨てて、自分の役割をしっかりと。そうすることで、他の人に、あるいは、何かに、つながっていけばいいなと思います。

■プロフィール
針谷 綾子さん
京都光華女子大学 就職支援センター キャリアコンサルタント有資格者
学生の方々の悩みと向き合い、将来に向けて思い描くキャリアが実現できるよう、バックアップをしている。
大学組織内でも働き方に関して、発信・改革を推進している。

編集後記

「どんなつらいことも無駄なことはひとつもない。」「あなたの選択だから自信をもっていいんだよ」とご自身の経験から、日々学生の方々にアドバイスをされています。針谷さんの言葉には力があるな。そんな風にインタビューから強く感じました。これから先、これまでの経験を全部生かしていきたいとのこと。京都だけでなく日本全国、世界各地の色んな方と繋がりながら、どんな形になっていくのかとても楽しみです。

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