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一文字短編集

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2016年10月の記事一覧

雪

舌の上で溶けた雪が熱かった。むくむくした煙が立ち込めている鉄板の上にそっと置いた牛肉が溶けるのを3年ほど前に彼と一緒に見たのをマナミは思い出す。おもいはきっと溶けないと思っていたのにいつの間にか時間のうちに砂と化した。雪は溶けた瞬間は熱くてもその後はじんわりとほどけてゆく。嬉しいはいつまでも嬉しいじゃいられないし悲しいは悲しいではなくなる。後に残るのは雪の中に混じった塩くらい。よおく味わいなさいと

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瞬

プラグを差し込むその一瞬、稲妻が走った。目に鮮やかすぎる、この光。手をのばしても絶対に届かない、その光。普段は黒色にくるまれている、あの光。見えたと思って手を伸ばすころにはもう遥か何億光年も先にある、もの。

飴

これからの人生は余生なんだ、とマナミは二十歳のときに思う。20年間特に命に関する物理的な危険も精神的な危機も訪れず、生きてこられたのだから。かつて大人になる前にこの世を去る子どもがたくさんいただなんて、今ではあんまり想像できないけれど、でも今の状況の方が長い歴史で見ると「イレギュラー」なのかもしれない。16歳のときになくなったカンザキくんの机が、なぜ自分のではなかったのか、マナミは二十歳になっても

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罪

たましいの矛先を間違えたのかもしれない。きっとわたしは間違った時間に、間違った仕方で、間違った人のシャツに火をつけてしまったのだ。お母さんにも小学校の担任の先生にも夫のナオキさんにも4歳のケンちゃんにも隣のウエキさんにも「アナタは間違えた」と言われたようなものだから。でももう一度1年前のあの日の午後に戻ってもわたしは同じ時間に同じ仕方で同じ人のシャツを燃やしてしまうだろう。そこにはひとかけらの真実

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