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カフカは桑の葉を思う⑤


薄暗いまゆを破ると、外にはまばゆいばかりの世界が広がっていた。

見慣れたはずの光景に、僕は心を奪われていた。世界はこんなにも眩しくて、こんなにも輝いている。久々に見ることができた世界。この世界は、本当にこうも輝いていた。

キレイだ。僕は声にもならない声でそうつぶやいた。残り少ない命と分かっているからこそ、見えない目で過ごしてきたからこそ、僕はこの世界の美しさに気付けたのだろう。眼の前には新しい桑の葉が並べてあった。朝露あさつゆのついた新鮮な葉だ。僕が羽化するのが分かったのだろうか。でも成虫になったら、もう何も食べられないし飲むこともない。後は静かに最後を迎えるだけなのだ。

扉が開いた。奥さんは僕の姿を見て驚いたが、僕と目が合うとその場に立ち尽くし、静かに涙を流した。ありがとう、お陰で僕は羽化できた。何もできないけど、こうしてもう一度会うことができた。後は静かに最後の時間を過ごすだけだ。

「どきなさい。」
声がした。奥さんの父親、僕にとっては義理の父親だ。結婚に反対されて関係は疎遠だった。きっと僕が失踪したと騒ぎになって様子を見に来たのだろう。でもその声は怖れと怒りに震え、目には憎悪の念すら感じた。右手には金属バットが固く握りしめられていた。

「化け物め、この化け物め!」
そう何度も叫びながら、バットが振り下ろされた。その度に僕の身体は激しくゆがみ、容赦なく奥深くまでめり込んだ。僕の身体には何の骨格もなければ、外皮も柔らかく、外敵から身を守る何のすべもない。内蔵深くまで衝撃を受けて、僕の身体は容易に致命傷を負った。

薄れる意識が、僕には深い底へと沈んでいくような心地がした。これも定めか。僕は心静かに最後の時を迎えようと、そう思った。


↓参考資料です。

(タイトル画は伊丹市昆虫館HPより)


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