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河野裕子『紅』(2)

まひまひの渦状文様ゆるぶまで雨やはらかく一夜ふりたり まいまい(かたつむり)の渦巻きの模様が緩くなるまで雨が一晩降った、という歌。そんなこと有り得ないと思いつつ、やわらかい雨の中で次第にかたつむりの殻の模様が曖昧になっていく様がほのぼのと想像される。

水の上(へ)にひなたとふ花咲(ひら)く昼背後より抱きくる腕(かひな)ゆるめよ この歌の上句、水の上に咲く「ひなた」という花が分からない。下句は後ろから強く抱きしめられて、命令形で力を緩めてくれ、と相手に言う。ハ行音が多く、ゆったりとした印象がある。

そのこゑがことばとなる間(ま)の息づきのほのかなるかもをとめといふは 声が言葉になるまでの間。とても微妙な間(ま)だ。その時の息づき、そのほのかさ、繊細さ。少女のそんな一瞬のはかなさを捉える。声という側面を通して。

日本のさくらのはなのしろはなのさくらのはなは陽に透き流る 「さくらのはなのしろはな」「しろはなのさくらのはな」、三句を挟んで繰り返している。調べを楽しむ歌。日本の桜は薄いピンクだが、この歌ではもう白でしかない。しかも陽に透き通り、風に流れていく白だ。

比良の山伊吹の山の山脈(なみ)のあはひのあはみづ古つ国かも 繰り返しの調べを楽しむ歌。「やま」という音の繰り返し。それら山の「間の淡水」と書けば身も蓋も無い。「あはひのあはみづ」という音と表記がいいのだ。もちろん琵琶湖のこと。故郷の自然への愛と敬意。

2023.7.16. Twitterより編集再掲


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