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『塔』2024年2月号(3)

⑯中本久美子「私の先生」
〈「なんで辞退するんだ。君に入れた後輩の気持ちはどうなるんだ。」と。「私なんかとてもとても」と言うと「どうして自分のことをなんかって言うんだ?失礼だろ。自分に対しても。」〉
 著者が部長を辞退すると言った時の先生の反応。とても響く文。
〈音符と音を一致させていく。楽器の音が読めるようになる。表情を読む。(…)指揮する時自分は何を感じ、どう表したいかを持つことだと。音は自分の中で映像になる。〉
 ここも良かった。著者は吹奏楽部の部長になり、指揮を先生から学ぶ。指揮がどういうものなのか伝わってくる。

山高帽かぶりマントの大伯父のこの日も百円くれて帰りぬ 奥田香葉 人生が凝縮されたような一連。小説の一場面のようだ。父を亡くした作者ら7人兄妹にお金を置いていく大伯父。明治の人だろうか。帽子とマントの後ろ姿が彷彿とする。作者7歳とか。この後も読みたい。

許すとかゆるされるとか ふたすじの飛行機雲はふくらんでゆく 浅井文人 初句二句のように感情の行き違いがあったとしてもそれはもうどうでもいいのだ、ということが一字空けで示される。時々見かける二筋の飛行機雲。その輪郭線が緩んでいくことが一字空けと響き合う。

無理強ひも気配り上手も好まざり父より手酌主義を受け継ぐ 伊丹慶子 爽やか。俺の酒が飲めないのかも、お注ぎしますも無い。考えてみれば当たり前のこと。今までの日本社会の飲み会が変だっただけ。って自分も近いことはやってたけどね。今となればおかしかった。手酌が一番です。

自らが創ったおばけに怯えつつ子は散らばった積み木あつめる 魚谷真梨子 お片付けしないと〇〇お化けが来るかもしれない。それはきっとこんな姿で、こんな声で、こんなこと言うんだ。そう思ったら怖くなって怯えながら片付ける。小さな子はいつも何となく必死感がある。
 「創った」がいい。想像力は旺盛だけれど、その想像の世界と現実の世界がまだきっちり分割されていない。それを見ていると親も、自分がそうであった時代をもう一度体験するような気持ちになる。…でも忙しさに追われて、ついつい「お化けが来るよ」を乱発してしまったりもするのだ。

父親もヘヴィーメタルが好きなのはうれしいけれど嫌でもあるな 西村鴻一 親と同じ趣味を持っているのはうれしいが、親には秘密な自分の一面を透かし見られるような感じがして、恥ずかしいようなうっとうしいような気になる。よくあることだが「ヘヴィメタ」なのがいい。

あしびきの山ガールひとり自撮りしてフレームにぼくがおそらく映つた 宮本背水 自撮りには気づいていたが、タイミング的に角度的にどうやら映ってしまったようだ。映り込んじゃったかも、見せて下さいとも言えない。重厚な枕詞と軽妙な○○ガールという語の対比がいい。

この道のどこかで光る赤信号 謝る先なきあやまちはある 中嶋学 箴言的な一首。道は、具体的な道かも知れないし、人生の喩かも知れない。そのどこかで停止を要求する赤信号が光る。謝罪しようのない過ちを犯しているかもしれない、という気がふっと兆す。ア音が快い。

どうして他人のこころは見えないの 人工の川を蛇がつたった 鈴木智子 初句4音。自分の心だって見えないが、他人の心はもっと見えない。「こころ」とかな書きにしたのが、頼りない感じで合っている。蛇が渡る川が人工、というのが殺伐とした印象だ。不全感に満ちた歌。

ワンピースいくつも吊るしていることでお前はだめだと言われてみたい 鈴木智子 ワンピースは組み合わせが利かない。そしてちょっと贅沢なイメージ。それを幾つも吊るしている。だからダメなんだと誰かに叱られたい。でも現実には誰もそこまで関わってくれないのだ。
 自分をダメな方に押しやってしまう衝動みたいなものがあって、それを誰かに軌道修正してほしい。でも実際にそれはそんなダメことではなくて、自分もその衝動を大切に思ってたりして、誰も自分の中にある葛藤には気づいてくれない。結果的に美しい服が自分の前に並んでいるだけ、という光景になる。

2024.3.12.~13. Twitterより編集再掲

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