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『短歌研究』2023年10月号

皮膚といふ衣ぴつたりすぎてゐて脱げずにゐにき愛のさなかに 渡辺松男 愛の行為のさなかに服だけでなく皮膚も脱ごうとした。しかし皮膚は身体に密着していて脱げなかった。奇想のようだが、皮膚すら隔てずに相手と触れ合いたい気持ちが伝わってきて、共感する。

ぜんたいをつつめばいいのだつきつめないつきつめるなよ何もないから 渡辺松男 人間関係のことにも、人生に対する見方のことにも取れる。どちらにも、ふんわりと全体を包むような感じで対したい。突き詰めたところで意味など無いのだ。何、だけが漢字で目立つ。

いちにちぢゆうつけつぱなしにされてゐるラジオのやうなこの疲労感 渡辺松男 同感する比喩。長い比喩で、一首のほとんどを占めているのだが、それが最後の「疲労感」にかかったところでずしんと腑に落ちる。「されてゐる」の受身な言い方も疲労感を高めている。

黒曜石を嵌められた眼で眺めれば心は捧げものかもしれず 山崎聡子 誰、何、と言ったことが一切分からない。主体は、黒曜石の眼を嵌められた人形のように、自分を感じている。その眼で眺めれば、自分の心は信じている何かへの捧げものかも知れないと思える。
 そう読んでみた。  自分の意志といったものを封印して、何かに縋りたいような、心を差し出してしまえば逆に楽になるような、そんな追いつめられた心境を感じる。さらにそうした不安な気持ちになっている自分を、相対化して歌に詠む、作者としての視線も有るのだ。

⑤竹内亮「現代短歌における写実の再検討」
〈自然詠と社会詠の違いとして、自然詠の対象の自然は〈記号〉ではないのに対して、社会詠の対象である〈社会〉は対象が既に〈記号性〉を有しているように思われる。〉
〈政治と経済は多く法律と言語によって機能するものであるが、言語はいうまでもなく法律と金銭という仕組み自体が記号であるとすると、社会はその意味で記号性を有して成立しているものであるということができる。〉
 記号性という角度から自然詠、社会詠を分析している。
(平出奔の歌を挙げ)〈このように、社会詠にわずかでも写実を加えることで、社会の有する記号性を脱することができる。〉
(チャットGPTの作った歌を挙げ)〈写実に遠く〈記号化された表現〉を志向していることがうかがえるのではないか。〉
 写実を再考する角度も類を見ない論だ。

⑥「ザ・自由律歌会(前篇)」
平出奔〈私の作品には文字数が多い短歌があって、自由律っぽいと言われたりもしますが、自由律の意識はまったくなく、いつも定型の意識で作っています。〉
 そうですよね。平出短歌は読む方もかなり定型を意識させられる短歌だ。
東直子〈自由律短歌をやろうと思ってもなかなか自由になりきれないんだなと痛感しました。よく見るときっちり定型にはまっていたり句跨りでほぼ定型だったり、定型の呪縛から逃れるのは難しいですね。〉
 そうですよね。ずっと定型で来たのだから。自由律で作る内的必然が要るのかな。

⑦続続「ここまでやるか。小池光研究」
花山周子〈破調はデッサン力をはかられるもののように思う。写生的な意味でなく、定型フォルムに対する体幹みたいなもの。そういうデッサン力があってはじめて枠をはみ出したり崩したりの操作がサマになる。小池光は最初期の頃からおそらくこのデッサン力が卓抜している。〉
 絵を描く人らしい表現。分かり易い。体幹ができていないのにはみ出すと、破調にすらならないのだろう。

⑧「小池光研究」「社会詠(時事詠)の名歌」
やみがたき熱心をもてその妻に三たびとりかぶとの毒を盛る 小池光
山下翔〈「妻」「三たび」という限定が、まさしく「やみがたき熱心」を思わせる。具体的な事件やその事実を離れて、ここに、その執心だけを抽出したところが、小池ならではというべきだろう。〉
 執心だけを抽出、という作り方が、現在の短歌の在り方に直結しているように思った。

⑨黒瀬珂瀾「日常という非常」
〈並べればきりがないが、こうして閲してみると、その相似にあらためて驚かされる場面もある。小池光は塚本邦雄の多大なる影響下に短歌的出発を遂げている。〉
 小池の『バルサの翼』中の歌を塚本の歌と並べている。確かに似ている。
〈小池光は前衛短歌の影響を濃密に摂取し、その前衛的技法を用いることで、前衛短歌へと至らぬ道を見つけた歌人である、というのが僕のかねてからの見解だ。〉
〈小池光はこの第一歌集で、人生訓的な境涯性を前衛的修辞で巧みに回避しつつ、かつ、〈日常〉が積み重ねられることで生じる一人の生を描いている。〉
 短いが濃密ですごく面白い論だった。「私性」を自己演出してゆく姿勢、という指摘も刺激的だった。

⑩堂園昌彦「歌集解説『山鳩集』」
〈言い換えるならば①自分の外にあるもの、②自分の知的認識、③自分の情動を常に並列して提示しているのだ。『山鳩集』ではこの三点のバランスによる面白さが縦横に発揮されており、短歌のポテンシャルを十全に活かすやり方がひとつ定式化されていると言えよう。〉
 なかなか言語化しにくい、小池光の面白さを、分かりやすく解説してくれている。分かったところで真似はできないのだが・・・。

2023.10.19.~23. Twitterより編集再掲


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