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『塔』2023年7月号~12月号ベスト10

   2023年の後半のベスト10を選びました。どれも良い歌です。選べなかった良い歌もたくさんあります。私の『塔』感想文のマガジンからぜひお読みください。

左側は私の匂い 抱きしめて死後硬直を解(ほど)くみたいに 中森舞 いつもあなたの左側にいるから、あなたの左側に私の匂いが移ってしまった。その身体へ私を抱き寄せ抱きしめてほしい。私の硬くこわばった身体をほぐすように。「死後硬直を解く」という表現が魅力。(7月号)

二億回再生されたラブソングなんかに涙が出てしまうおれ 西村鴻一 多数の人が支持する俗っぽい感情。そう思いつつ涙が出てしまう「おれ」。その「おれ」を冷静に見ている別の「おれ」が歌を作っている。自分の感情なんてこんなもんなんだ、と。(7月号)

した後悔がいちばんこわい 国道の中央分離帯には百合がゆれ 北虎あきら してしまったことに対する後悔より、しなかったことに対する後悔の方が強いと一般には思われがち。この一首は逆だ。たしかにしてしまったら、無かったことにはできない。しかも、後悔を先取りして怖がっているようだ。中央分離帯は一つの道を二つに分ける象徴だし、揺れる百合は心の揺れを表している。7・7・5・9・7だろうが、結句5音にも読める。そのガクっと来る感じも歌に合うので、どっちで読むか迷う。(8月号)

しかしそれは花火が消える最後まで人を信じていただけのこと 君村類 一首では「それ」が何を指すのか分からない。人を信じるはかなさを考えると「それ」が何かは分からなくてもいいのかも知れない。花火が上がって消えるまで信じていた。その結果はむなしかったのだ。(9月号)

ひまわりを見あげていたり燃えはじめるときを見ていてほしいと言われ 松本志李 今から私は燃えるので見ていてほしい、そうひまわりに言われたのだろうが、なぜ、どう燃えるのか。「咲く」の比喩ではなく何かの情念を持ってひまわりは燃えるのだ。それを見上げる主体。(10月号)

めんだうなら捨ててしまへばいいのだとオオスズメバチ軒を越えゆく 大島りえ子 蜂が言ったわけではない。おそらくそれは主体の内なる声。その声を発したかのように蜂が軒を越えて遠くへいってしまう。雀蜂は美しい昆虫だ。物も思考も何も持たない生き物の清々しさ。(11月号)

タピオカにストローを刺すのがうまい君が凭れている頸動脈 古井咲花 スナイパーのような君。凭れているのは誰の頸動脈か。主体のならば、君に甘えられながら命を狙われているかのようだ。君自身のならば、首を傾けるようにして座っているのか。上下の繋がりに緊張感。(11月号)

窓際に置いた画面に青空が映ってふかく落ちてゆきたい 紫野春 タブレットを上向きに置いていると取った。その画面に青空が映っている。青空が下へ下へと続いて行くように見える。そこへ深く落ちてゆきたい。目を見開いたまま意識を失って、落ちていくようなイメージ。(11月号)

ユーミンのコンサートへ向かうバスの中「遺体安置所だった」という声 逢坂みずき 宮城在住の作者。コンサートへ向かっているが、開催される会場は震災時には遺体安置所として使われていた。今生きている自分達と亡くなった人々。決して消えることの無い、土地の記憶。(12月号)

眼を見て、と言われたけれどその穴へ降りる梯子が無いのであった 田村穂隆 相手は真剣だからこそ初句のように言った。しかしその眼窩の底へ降りる手段は無い。主体が真剣になっても相手の深部へは降りられない。物語のような結句が読んだ者の心にリフレインする。(12月号)

Twitterより編集再掲

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