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河野裕子『紅』(12)

水の輪が水の輪に触れゐる限りなき瞬きのなか池は昏れつつ 59577 二句切れだが長い二句。水の輪が水の輪に触れている。静かな光景。水の輪ができるのは何か生物がいるからか。いつまでもちらちらと水の輪ができては消える。眺めているうちに池に夕暮れが訪れる。

ひばの木に陽は没りゆきぬ人はみな誰彼の死後の時を生きゐる 檜葉の木の後ろに陽が沈んでゆく。その光景を見ながら下句の感慨にたどりつく。生きている時間は短く、その時間は知り合いの誰かの死後の長い時間なのだ。やがて自分の死後の時間を誰かが生きることになる。

いよいよに曖昧になりゆくひとつ事その曖昧がことを決めゆく いかにも日本風。アメリカ帰りの主体はそう実感しただろう。曖昧になった事柄がその曖昧さゆえにうやむやに事態を決していく。下句は上句の言葉を巧みに繰り返しているように見えて、ぴしりと状況を表す。

とろりとろとろとろたりと蜜壺にれんげ蜜分けゐて雨夜なるかも 57597 オノマトペを味わう歌。上句はひと塊に見えてやはり定型で読まないと落ち着きが悪い。今の短歌の韻律とは逆。と思ったところで四句9音。音を楽しみつつ、結句の微妙な孤独感が河野短歌だ。

2023.10.1.~2. Twitterより編集再掲

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