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『塔』2023年1月号~6月号ベスト10

    毎月の『塔』から好きな歌を選んで一首評をつけています。その中から去年前半を振り返って、ベスト10を選びました。順位順ではなく、掲載順に載せています。あくまで私の好みで選んでいますが、どれも自信を持ってオススメできる良い歌ばかりです。

リアルにはリアリティなし しまむらで買ひたる服を脱いだら全裸 宮本背水 現実には現実感が無い。むしろフィクションに現実感を感じているのか。安い服を部屋で脱ぐ、そんな日常には現実感がないのだ。どこで買った服でも全部脱いだら全裸だが、しまむらという限定に現実感がある。(1月号)

待つほどにふさがれてゆくこころ でも覚えておいて秋は火の季節 山川仁帆 三句の句割れが鮮やか。上句の鬱屈をガラリと反転させて、激しい下句へと導く。火が燃えるように木々が紅葉する季節。火の季節という直喩が強い。心をふさいでくる相手にも自分にも覚えておいてと告げるのだ。(1月号)

これが愛の、これが誠実の設計図。これは裏切りの、これは告白の。 伊澤椅子 他人との関りは唯一のものであると共に、ある程度のパターン化はある。それを設計図と表現した。愛、誠実は状態で、裏切り、告白は行動だ。さりげなく混ぜているが、裏切りの設計図が一番言いたいことかも。(1月号)

虹色のコンパクトディスク傷つくかもしれない今日がまわり始める 上澄眠 そう言えば、CDの裏面は銀色。で、虹色に光っている。傷がついたら音が飛んで台無しになるCD。三句「傷つくかも」六音を少し早口で読んでみる。傷つくのが怖いから。(2月号)

ぽぷらぽぷら傷つきやすいといいながら気づけば傷つける側にいること 中田明子 繊細な感受性。傷つくことに気づく人は多いが、傷つけることに気づける人は少ない。初句の柔らかな音韻とそれによって浮かぶポプラの姿が印象を決定する。「kizu」音の繰り返しも効果的。(3月号)

蝋燭は立ち尽くしたままほどかれる 終はらせるかはあなたが決めて 森山緋紗 蠟燭が溶けていくことを「ほどかれる」と表現した。蠟燭をこのまま燃やすか吹き消すか、あなたが決めて欲しい。二人の関係を終わらせることにも被せて言っている。ドラマチックな印象だ。(3月号)

亡き人と同じ螺旋を降りてゆく私にくれた本を読みつつ 丸山恵子 亡き人がくれた本を読んでいると、思考がその人と同じ螺旋をたどって降りてゆく。読んでまず螺旋階段を降りてゆく主体の姿が思い浮かぶのは、語順の効果だ。読者も一緒に降りてゆくような体感を感じる。(4月号)

かりそめの白夜のようなこの国で誰もが誰かの代替魚なり 春野あおい 本物が手に入らないから似た食感の魚で代用する。本当に必要な人と親密になれないから誰か他の人といる。真夜中も煌々と電飾が灯り白夜のようなこの国。間に合わせの光の中での、間に合わせの関係性。(4月号)

感情はいりませんから花挿せば花のかたちとなる花器が欲し 仲原佳 上句のクールな言挙げ。人がくれる感情の裏にある偽善を嫌っているのか。そうは言っても花の形に沿う花器を求めるように、自分の大切な気持ちに沿う、何か具体的で確かな物を求める一面もあるのだ。(5月号)

あの日々はたしかに動画だったのに静止画の顔だけが鮮明 榎本ユミ 生きている限り、あらゆる瞬間は動画だ。自分の目も常に動画として周りを見ている。しかし記憶に残っているのは、その中の静止したある瞬間。特に相手の忘れられない、一瞬の表情だけが焼き付いている。(6月号)

Twitterより編集再掲



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