角川短歌賞・短歌研究新人賞(前半)【再録・青磁社週刊時評第六十九回2009.11.2.】 

角川短歌賞・短歌研究新人賞(前半)  川本千栄

(青磁社のHPで2008年から2年間、川本千栄・松村由利子・広坂早苗の3人で週刊時評を担当しました。その時の川本が書いた分を公開しています。)

 角川『短歌』11月号に「第55回角川短歌賞」が発表された。今年の受賞者は、今年の「現代短歌評論賞」の受賞者でもある山田航である。同年ダブル受賞は両賞設置以来初めてのことではないだろうか。また、『短歌研究』の「短歌研究新人賞」は既に9月号で発表されているが、今回この二つを併せて読み、短歌の新人賞における論点を探ってみたいと思う。
「角川短歌賞」の選考委員たちは、今年度の上位作品はレベルが高かったと口々に述べている。確かに、水準の高い読み応えのある一連が多かった。
  麦揺れて風はからだをもたざれど鳥類であることをみとめる 山田航
  リヨカウバト絶滅までのものがたり父の書斎に残されてをり 
  生きいそぎ生きいそぎして人はある日鳴きやむ蝉のように壊れる 紅月みゆき
  祈るように(とはいえ何に)消防車のはしごは静かに折りたたまれて
  注がれて細くなる水天空のひかり静かに身をよじりつつ 小原奈実
  炎上の夢見し朝の制服の紺から喉ははみ出している  
 上位三篇の作品から引いたが、どれも歌の上手い作者であるという印象を受けた。その中で特に山田の作品は、非常に抒情的であり、詩的な美しさの感じられる歌群であった。全体を貫く強い主張は無いが、やわらかい感性が感じられる作品世界を形成していた。また、選考委員も指摘する通り「停車場」「曲馬団」のようにややレトロな語彙が目立った。作者の実際の感覚を表す言葉というよりは、文学書で培った言語感覚なのだろう。作者は20代だが、上の年代の者にも、こうした言葉遣いがどこか優しい懐かしさのような気持ちを呼び覚まし、読んで心地よい印象を与えるのかも知れない。
 紅月の作品は知的なもので、背景的知識を持てばより深く味わえるタイプのものである。力量は高いと思われるが、字余りが多いところが個人的には引っかかった。小原は平成3年生れの18歳、高校生活を下敷きにした歌が多かった。語彙の豊富さといい、それを使いこなして歌に用いる手法といい、将来が楽しみな作者がまた現れたという印象を持った。
 次に「短歌研究新人賞」である。
 そらのみなとみずのみなとかぜのみなとゆめのみなとに種はこぼれる やすたけまり
  完璧なロゼットになれなくったって体育座りで空を見るから
  沈黙はときに明るい箱となり蓋を開ければ枝垂れるミモザ 服部真里子
  用途不明という結論のさびしさに遺跡は夕陽を透かしておりぬ
 受賞者のやすたけは帰化植物が拡がっていく過程と自らの少女期の記憶を重ねて一連を構成している。淡いが、生命に対する思いが背後にあるのだろう。服部の作品は候補に挙がったものの中で一番詩的に昇華されていると思えた。静的ではあるが、明るい抒情が感じられ、いい歌が多かった。

(続く)

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