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for others|連載小説

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「他人のために生きて、何がいけないって言うの?」 思いやりをもって、いつも自分を犠牲にして生きてきた「他者チュー」の美香は、そのせいで彼に振られてしまう。 「自分を変えたい」と願… もっと読む
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2019年7月の記事一覧

短編小説「for others 私の私は誰のため」第11話〈完結〉

短編小説「for others 私の私は誰のため」第11話〈完結〉

「ただいまー」

帰宅すると、母と妹が並んでテレビを見ていた。背中だけでなく、振り返った横顔も似てきている。

「おかえりー。お姉ちゃん、どうだった、怪しいセミナー?」

すぐに声をかけてきたところを見ると、妹なりに興味があるのかもしれない。

「うん、面白かったよ」

スプリングコートをイスに掛け、買ってきたたこ焼きをテーブルに置く。

「またたこ焼き?」

「うん、たこ焼き」

「美香、ありが

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短編小説「for others 私の私は誰のため」第10話

短編小説「for others 私の私は誰のため」第10話

雨が降りだしたのか、しゃーっという音が窓の外から聞こえる。加穂子は「そこのタブレット、見てみて」と言った。目線はあくまで台の上だ。

私は震える手で台の縁に置いてあったタブレットをつかむ。

そこには志保に向けたLINEの画面が映し出されていて、「あなたは来月から来なくていいです。代わりに田所さんに入ってもらいます。今までおつかれさまでした」と書かれている。

「そのLINEさ、志保ちゃんに送って

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短編小説「for others 私の私は誰のため」第9話

短編小説「for others 私の私は誰のため」第9話

「私はね、美香ちゃん、今の夫とどうしても結婚したかった」

ゴンッ。加穂子は台の一番長い対角線の先にある6番に向けて手玉を発射した。すーーっ。図ったようにポケットに落ちる。

「出会ったのは20代後半のころ。顔も中身もすごくタイプで、なにがなんでもこの人と結婚したいと思った。でも相手は7歳年下でまだまだ遊びたいみたいで、私がどれだけ言っても、決してうんとは言ってくれなかった」

「先生、その時って

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短編小説「for others 私の私は誰のため」第8話

短編小説「for others 私の私は誰のため」第8話

「私の番ね」

加穂子はキューにチョークをキュッキュッとこすりつけると、しなやかな身さばきで台に向かった。台上には3番から9番までのボールが残っている。

「ビリヤードで絶対に負けないコツってなにかわかる?」

「いいえ」

「それはね、一度握った手番は絶対に相手に渡さないこと」

加穂子は背中を向けたまま私にそう言うと、手玉を強くついた。

ガンッ。驚くほど激しい音を立てて飛び出したボールは、真

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