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真夏のアンダルシアに行ったら46度の炎天下でバスケをやるはめになり死にかけた話〈7〉|茉野いおた

痛い。痛みで意識が戻る。

見ると右手の人差し指の爪がはがれかけている。かばって放ったシュートはリングにも届かず、ぼとりと落ちる。

とぼとぼとボールを拾いに行くと、突然視界がにじんだ。

ボールが、ゴールポストが、すべての輪郭がはっきりせず二重三重に見える。あ、懐かしい、かげろうだ、と思ったけれど、違った。

私は泣いていた。

びっくりした。けれど止まらない。声は出ない。ただ涙だけがこぼれる。

さらさらと頬が濡れていく。乾いた顔に水分が気持ちいい。棒立ちのままただただ泣き続ける。

向こうからティムが近づいてきた。足元のボールを拾い、私に手渡す。

「アゲイン」

変わらない言葉、変わらない声。

「ムリ」たまらず私はしゃがみこみ、顔を手で覆い、子供のように首を振った。

「入るわけない。なんべんやったってこんなの入るわけない」

しゃくりあげる。恥ずかしさも手伝って顔がさらに熱くなる。

「もうムリなの。どんなにがんばってもうまくいかないの。あるでしょう、そういうことって。だいたいなんであなたは私にこんなことさせてるの? ヒマなの? バカなの?」

顔を上げると、ティムは眉間にしわを寄せて、小さく息を吐きボールを抱きかかえている。

「確かに」細いアゴがうなずく。

「確かに、ショウコのシュートは全然入らない。でもそれが何?」

So what? 心底不思議そうに、私の顔を覗きこんでくる。

「シュートを入れたい。だからシュートを打つ。入らない。だからまた打つ。その繰り返しだ。アゲイン、アンド、アゲイン。それ以外に考えるべきことって?」

朦朧とした意識なりにカチンときて、私はのろのろと立ち上がる。

「そんなこと言ったって。次もダメだったら、どうするの? ずっと入らなかったらどうするの?」

ティムは手に抱えたボールを両手のひらでぎゅっぎゅっと押しこんだ。

「さっき話した中学の時のコーチに言われたことがある。15歳の時、試合中に大けがを負った。ヒザが見たこともないような角度に曲がってね。コートにうずくまって泣き叫んだよ。幸い処置がよくて治ったんだけど、もう一回バスケするのが、ケガするのが怖くなった」

両手で大きく振りかぶってボールをつく。バン。跳ね返ってきたボールを低いところでキャッチする。パシッ。

「そのことをコーチに愚痴ったら、『ケガする前からケガの心配するのはよくない』ってたしなめられた。ケガしたらまた治せばいいし、怖いな、イヤだなと思ってプレーするほうが、よっぽどケガする、危ないって」

彼がひと言ひと言話すたびに音が消え、暑さが消え、空気の純度が上がるようだった。

「なるほど、と思ったんだ。実際、治ったんだからびびることないって。ケガしたときのことは、ケガしてから考えようって」

突然、ボールを強くパスしてきた。慌てて胸で受け止める。

「それに」静かに続ける。

「気づいてないかもしれないけど、ショウコ、君のフォームは少しずつ力が抜けていいものになっているし、率直に言って、そろそろ入りそうな“頃合い”だ。あるだろう、そういうことって。だから」

優しくも厳しくもない、冷たくも温かくもないトーン。

「アゲイン」

私は渡されたボールを再び顔の前にかかげる。目を閉じ、一度大きく深呼吸をする。

ダム、ダム、ダム、キュッ。


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