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ああ、やっぱり前に進んでいないのか、25歳の自分よ

もうすぐ26歳になろうとしている。今、25歳。これといって人生に進展はない。何も前に進んでいないのである。いかんせん、行動する量も質も足りていないからそうなるのは必然ともいえるが、不本意ではある。

同級生の結婚報告をSNSで何度となく見た。喜ばしく思う反面、ふと自分の立場を省みると、情けなくなる。何も進んでいないのだから。婚約者はおろか、交際相手を見つけるところから始まっていない。誰のせいでもなく、他ならぬ自分のせいであるのは確かだ。

「婚活」ということばがある。SNSでもよく見かけるのだが、まだ自分はそこまで力まなくてもよいと高をくくっているふしもある。けれども、最初にいったように、まもなく26歳を迎える。20代後半になるということは、30代に少しずつ近づいていくということにほかならない。何らかの行動をしないと、いつか後悔する日がやってくるだろう。

女性との関わりも決して多い方ではない。マッチングアプリも今のところやっていない。「結婚は近くにいる人とするものである」と誰かが話していたことにひどく感銘を受けてしまっていたからである。そうかといって、ただただチャンスが来るのを待っているだけでは、何も起こらない。

そうはいっても、年齢のせいでも時代のせいでもなく、昔から「何もかも面倒くさくなる」瞬間がままある。自分から進んで始めたことでさえ、やりたくなくなるのである。勉強、部活動、サークル活動、そして仕事。時々、遊びも。いざ動いてみたら、案外うまくいくこともあるが、何もかも面倒くさいという感情自身、ひじょうに面倒である。何かを始めるときに膨大なエネルギーを使わないといけない。

だから、休日は何もせずに終えることが少なくない。もちろん、家事をしなくてはいけなかったり、いろいろと用事を済ませなければならないときもあったりするが、特にすることがない場合は、ベッドでゴロゴロとスマホをいじって時間が過ぎていく。無駄な時間であるという自覚はあるのだが、何がしたいわけでもないから、そうせざるを得ない。

孤独であることに対する恐怖や焦りを感じながら生きている。だから、人とのつながりを求めて行動することもあるが、その過程で、かなり面倒くさく感じてしまうことも多々ある。孤独は辛いが、かといって、自分の時間が奪われることに対しては、苛立ってしまう。ひとり暮らしをしている限り、ずっと負のループに悩まされ続けるのだろうか。もし、ずっとこのままひとりで人生を歩んでいかなければならないと考えると、やりきれない。

ここに殴り書きしたことは、まとまりはないが、少なくとも偽りのない意思表明である。


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