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連作短歌「92年夏。六歳」

コマネチで泣くほど笑った父がいた
蝉も泣いてた初夏の病棟

父さんが少しのあいだ留守にする
家はまかせて長男だもん

病棟の裏手の森にキジムナー
いるらしいんだ僕とよく似た

クワガタを集めるために蜂蜜を
差し入れみたいに抱えた七月

大声で笑って叫んで怒ってる
廊下のおじさんたちが朝から

ジャッキーチェンみたいに木登り
落っこちて心配される病院の庭

ママとパパどっちが好きと言われても
ママが言うならママが好きだよ

ぱぱあのね たいいんしたらまえみたく
じてんしゃいっしょにのってほしいの

二百五十円のおいしい中華そば
食べる兄妹ママ見てるだけ

この歌は浪漫飛行って曲なのよ
みんなで遠くに行けたらいいね

泣いてるの泣いてないよ泣いてるじゃん
パパはもうすぐ帰ってくるの

いつかぼくおとなになったら
このよからおさけをなくすしごとがしたい

三十年経てば分かるさ大人って
酒でも飲まなきゃやってられない

一日中黙って見てた「アンタッチャブル」
セリフも言えた父の隣で

アメリカン・ニューシネマって言うんだね
パパと見ていたあの映画たち

モノクロの映画のような記憶だよ
やがてすべてが色褪せていく

恐竜のタイムカプセルの中には
〈おうちでみんなで〉叶うといいね

あの夏と言葉にすればなんとなく
美化されている記憶がきらい

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