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恥じらいを捨てた

恥じらいを捨てた時、楽になる。

というのも主人の前ではしっかりと恥じらいはある。無くなると自分的に終わったと感じてしまう。

ただ、子供達に対して恥じらいというより諦めがついた。

まず、一人目出産する時に男性のお医者さんは嫌だという恥じらいで女医の産婦人科へ。

ここではまだ女性だしまぁ、いいかという気持ちがあった。

二人目は体質的な問題で総合病院の産婦人科に。

初めての男性のお医者さん。

最初は嫌で仕方なかったけど突然それは終わる。

あれ?私は何をしにきているの?いちいち恥ずかしいとかいってられない!股を開け!

それからはとても楽になり無の境地。

そして子育てをしてる中でトイレは多分どんなママさんも逃れられないだろう。

ドアを閉めればこの世の終わりの泣き声。

結局、開けてする。

今だに開けてする。

小学生になった娘でさえ閉めていると開けてきて喋りかけてくる。

ママ、今踏ん張ってるから閉めてくれる?というと閉めてくれるけど数秒もせず息子が来る。

息子には通用しない。

逆に応援される。そして見せてと言われる。なんの確認なのかわからないけど見せないと出ていかない。

ウンチごとき見せるのたいしたことない。

ただ、外出先での個室トイレの鍵問題。

どうして開けようとするの?

今日も娘は息子に今開けたらママのお尻丸見えになるから息子もお尻出して見せなよと。

もう意味がわからない。

流石に怒るとやめてくれる。

外のトイレでは本当に辞めてほしい。

恥じらいはない。

申し訳無さが勝つのと怒りが抑えきれなくなる。

あんなに怒っているのにどうして懲りずに挑戦しようとするのか…。

恥じらいはない。怒りはある。

息子のウンチ好きもどうにかしたい。なにが楽しいのか…

男の子ってそんなもんだろうか…

トイレするたびにチンチンをのばしてグミ!といってきたり振り回しておしっこされたときは白目むきたくなった。

恥じらいと関係なくただの愚痴になってしまった。

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