見出し画像

ドキュメンタリー映画の魅力について、これまでそんなに真剣に考えたことはなかったと思います。というのは、映像の捉え方において編集行為が伴う以上、監督(ディレクター)の意思の反映、作家性を無視するわけにはいかないと判断する上でリアリズムについて、視点の位置をどこに置くかで被写体も様々な解釈が生まれる価値基準の問題を孕むことを意味します。
つまりドキュメンタリーにこそ冷静な客観性が求められる根拠に監督の教養と性質、人間を観る力、その差で作品のクオリティは大きく異なると言えます。
ドキュメンタリーの魅力の良し悪しをそうした観点から一々推し測る必要はないのかもしれませんが、実は私の中では限りなくドラマタイプと同列な捉え方をしています。

映画史に残る不朽の名作『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』を生み出した至高の映画監督であるヴィム・ヴェンダースは多くのドキュメンタリー映画も手掛けています。そのヴェンダース監督のドキュメンタリー作品『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』を先日、観賞したのですが、前述の解析を越えた何かに触れた、久しぶりに感情を揺さぶられて響く作品との遭遇とも言えます。

2015年公開作品ですが、今のタイミングで観たのが本当に良かったと感じるのです。

内容は世界的な社会派写真家・ブラジル出身のセバスチャン・サルガドの足跡をヴェンダースの視点で追っていきます。
軸となるのはサルガドが写した荘厳とも言える写真群とその変遷になります。特にアフリカの国々での内戦の犠牲者、いつしか人間の存在意義について、サルガド自身がのめり込む強烈なほどの矛盾と疑問の波にただただシャッターを切り続けることでしか、世界に訴える術はないとどこか使命感に苛まれるようにひたすら現地を訪れる意思の為せる業に、観る側は否応なしに引き付けられます。

一連のヴェンダースのドキュメンタリー作品には共通した特徴があり、進行のナレーションはヴェンダース自身で務めています。これは一層、自分の視点でというイメージの強化にも繋がり、観る側にヴェンダースの人間性も理解させる効果があります。
本作でも感じる被写体へのリスペクトと‘願い’とも伺えるドキュメンタリーであっても物語性への昇華、善なる人間は救われて欲しいと思うヴェンダース自身の精神性を感じるのです。被写体であるサルガドの人生を本作でもヴェンダースがどの部分を編集点に置くかで、まさに絶妙な構成だったと思います。
そして圧巻のラストシークエンスが展開されます。音楽の素晴らしさも合わさり、一級のドキュメンタリー映画としか言い様がありませんでした。

話しは変わりますが、私には、以前からこのフレーズへの違和感がありました。人気タレントの明石家さんま氏が発したと言われる“生きてるだけで丸儲け”です。
自殺予防の観点で生まれたのかもしれませんが、このドキュメンタリー映画を観てもらえればそのフレーズはルワンダやコンゴでは通用しない事が分かります。そして2022年の現況下でそのフレーズは人間の尊厳を軽視していると解釈されても不思議ではないのです。
生きてるだけでは人間の尊厳は果たせないのです。生きている実感を与えられた環境があって、生きている意味を感じて、初めて労働意欲や生活という基本が成り立つのです。

自分自身ではどうにもならない環境がアフリカにはあります。これは政治の責任なのですが、突き詰めると制御できない人間の欲が多くの問題を引き起こしているのが、アフリカ一帯の政治問題と思いますが、最大多数の幸福を考える例えに、さんま氏のフレーズは私は不適当だと考えます。敢えてテーゼとして促すならば“客観性をもとう、第三者の目で自分を見てみよう”それしかないと思います。

『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』を今観ることで、人間が生きる意味を改めて気づかされます。

監督
ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド 

キャスト
セバスチャン・サルガド、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド

作品情報
2014年/フランス・ブラジル・イタリア/110分

受賞
ノミネート2015年アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート作品
2015年ベルリン国際映画祭ヴィム・ヴェンダース監督栄誉金熊賞 受賞
2015年セザール賞ドキュメンタリー賞 受賞
2014年カンヌ国際映画祭ある視点特別賞 受賞、エキュメニカル審査員賞 受賞
2014年サンセバスチャン国際映画祭観客賞 受賞

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?