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aki先生インドネシアでパンケーキをご馳走する

今日は大統領選挙。全有権者の投票の結果、今年の10月で任期満了のジョコ大統領の後任が決まる。

私たちJOCVが、JICA事務所から選挙戦のトラブルに巻き込まれないよう、無用な外出は慎むべしと厳に言い渡されているその日が来た。

私は外国人なので当然選挙には関係がないが、ここ地方都市ソロでも、数日前市内の食料品店に買い物に出た時、集会をひけた会衆が市民会館から大挙して出てくるのに行き合った。怖い感じはしなかったが、バティックで正装した紳士達が切れずに次から次へと出てくるので、彼らを横切らず道の端を通った。

職場では、有権者である成年の職員や生徒は投票所(TPSという)へ行くが、障害者や孤児のうち、未成年は選挙に行けない。子どもたちだけでアスラマ(ドミトリー)に残って留守番だ。昨日の夕方 、13歳のNaswaに、淋しいのでぜひ女子のアスラマへ遊びに来て欲しいとせがまれ、必ず行くと約束させられた。選挙のために、学校も休みだし、施設内のクラスも休みだから子どもたちはヒマにしている。

朝9:00に行くから、という話になっていたところが、なんと7:45に小さいTariとNaswaが待ちかねて手をつないで私の宿舎まで迎えに来た。台所のガラス窓をトントンされた時、私は歯磨きもまだで、彼女たちのためにバニラエッセンス入のパンケーキを焼いて準備していたところだった。もうちょっと後で行くよ、と一旦帰したが、10分後、化粧や身支度は適当にして早く来い、と、Tariのお姉ちゃんのNoviまで一緒に連れ立ってまた催促に来られてしまったので、ハチミツやバターやオーツミルクの入ったバッグやウクレレを運ぶ手伝いをしてもらって、約束より1時間早くアスラマへ向かった。

女子のアスラマは私の宿舎から近い。歩いて1分程度だ。ただ建物が入り組んでいて、中は見えない。行ってみると、すでに床にシートを敷いて私の来るのを待ちかねていてくれた留守番組は7人もいて、適当に3人分用意したパンケーキをみんなで分けて少しづつ食べた。パンケーキを初めて食べる子もいたが、バターもハチミツもオーツミルクもみんな気に入ってくれたようだ。私は家ですでにたらふく味見済みで、みんなに食べてもらいたかったのに、私だけが食べていないと思うのか、全員が自分の分の最後の一口を私に食べさせようとする。そのいじらしさに言葉が詰まってしまった。結局私が1番食べたかも知れない。


私の娘たち

アスラマへはたまに遊びに行っていたが、招待は初めてなので、エンタメにみんなでDVDで映画を観ようと、デザインの授業の参考用に用意したディズニーのFantasia 2000とパソコンを持ち込んだ。私の娘が子どもの頃とにかく飽きずに繰り返し観入っていた映画を観ることは観ているが、10歳のNadiaは私の持ち物の方に興味深々で、ウクレレや腕時計、服からサンダルに至るまで、これはどこで買ったのか、インドネシアか日本か、幾らか、あれこれ質問攻めだ。小さい2人は映画に観入り、大きい子は私そのものについて質問したがって、手術したばかりのKayraは下半身包帯とギプスだらけで手術の辛さを話したくて、日本の若者文化に興味深々のSophieは私のウクレレの歌を聴きたがった。Naswaは私にインドネシア語でポップスを歌って欲しいというのだが、まだ私には難しいので、代わりに日本のポップスをインドネシア語に訳して歌う準備をしているその歌のサビを少し歌ったら、一緒に練習してくれた。私の準備したものに飽きると、今度は今クラスで私も一緒に習っているヌサンタラを一緒に踊ろう、と、私のiPadを使ってさっさとYouTubeを検索して踊り始めた。懐いて尊重してくれる一方、日本で時々感じるような変な遠慮もない。こんなふうに、言葉も不十分なままいつも大勢をいっぺんに相手するので、しっちゃかめっちゃかな聖徳太子になるのだが、彼女たちといるのは何より楽しい。良い休日の朝になった。

彼女たちは、私を、Miss Akiまたは、Bundaと呼ぶ。Bundaと言う言葉がなかなかに特別で、普通は母親をIbuと呼ぶ。Bundaは「愛しい尊敬する母ちゃん」のような意味だとインドネシア人の友達から聞いた時は嬉しかった。Bunda,bunda!と呼ばれた時に、それに応えて言うのが、Nak(子どもを意味するAnakから来ている言葉)だ。それが英語で言うHoneyかフランス語で言うMa cherieのような意味だと、こちらの友達に教わった。日本語はそう言うのがなくてちょっと寂しいが、名前に「ちゃん」をつけることでだいたいそういうニュアンスになるのかも知れない。Nakをつっかえずに滑らかに自然に言えるように練習したい。

10日前に脚を手術したばかりでベッドに横になったまま起きられないKayraは、来週もその次の週もあと3回も手術が待ち受けている。左脇に大きく隆起したコブがある。病名は私には知らされていないが、歪んだ骨が内臓を圧迫しているのが一目でわかる。背骨は大きく歪んでいる。身体は痩せて歳の割に小さい。お父さんはここへは来ない。今日はお母さんも投票に行って留守だ。もちろんトイレに立てず車椅子にも乗れず、横たわったまま紙オムツをしている。それに耐えるKayraの目は優しく、スポーツもできず恋もできず大人になっても長く生きられないだろう彼女の、患部を見てくれと服を自分で剥いで私に見せるその訴えをじっと聞きながら、私の方が泣きそうだ。「手術が怖い」という言葉がリアルで痛々しく、涙を隠すために彼女の手を握り、痩せたかわいい額にキスをして寝返りの手伝いをした。彼女にはどこまでも頑張るしかない人生なのだ。私のささやかな同情がなんになるだろう。でも、優しく見つめ返す彼女の素直な瞳に応えなければインドネシアにいる意味がないから、彼女のベッドに腰掛けて、言葉よりはむしろ、ただ聴いて欲しい気持ちをうなづきながら聴く。

Naswaと手をつないで自分の宿舎に帰りながら、日本の娘は1人しかいないけど、インドネシアには娘が大勢いて私は幸せだと彼女に言った。遠いカリマンタン島から彼女がどういう経緯でこの施設に来たのかまだ教えてはもらえないが、親がいない、あるいは一緒に暮らすことができない事情があることはなんとなくわかる。たいていの職業訓練生は6ヶ月で訓練を終えるが、彼女は2年の滞在予定で、あと1年ここにいるそうだ。「では、これからもまだずっと一緒に勉強できるね。」と言ったらうなづいた。しっかり者の彼女はいつも友達を助けている。でも甘えたい時もあるはずだ。黙って目を伏せるNaswaの気持ちがまだまだ私には本当にはわかっていないと思うが、一番熱心に私のクラスに参加してくれている。Naswaが面白いよ、と率先してやって見せてみんなを誘うから他の連中が集まってくれる。年は若いがみんなをリードする度量がある。これからも時間をかけて寄り添っていこうと思う。

選挙の結果が、彼女たちが少しでも生き生きと暮らせる世の中になることに貢献してくれるといい。

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