見出し画像

爆裂愛物語 第九話 BURST LOVE STORY

 夏空が眩しい。雲一つない、青々とした空。まばゆい青が視界のすみから隅まで広がっていた。それを焼き付けるような白い日差し、燦々と降り注ぐ陽差しの中を……凪と我路は歩いて行く。
 夏風が吹くと、艶やかな黒髪がさらさらと揺れ、たなびく。さらりとした艶のある髪から漂う甘い香りが、我路の鼻腔をくすぐった。
「? どうしたの?」
 そんな黒髪の主である彼女は、我路に向かって小首を傾げる。
「いや……よく似合うなと思って」
「あ……ありがと」
 我路が言うと、凪は少し恥ずかしそうにうなずいた。それから少し間を開けて言う。
「えっと……よかったら、喫茶店でコーヒーでも飲まない? この店の近くに私の知ってる店があるから」
 凪が案内してくれたのは純喫茶だった。ソファ席に座るまで、我路はずっと手を握っていた。それは、凪にはありがたかった。実は手を握ることも、その感触を味わう余裕もなかったのである。少なくとも、このデート中は手の感触なんて感じる暇もないほどドキドキしていたから……。
「あの……我路?」
「ん?」
「私ね、本当は料理とかあんまりできないの」
「……あ、うん」
「なんだけ……その……」
 と少し言いよどんだ後、意を決したように口を開いた。
「実はお弁当つくってきた!」
「マジで?」
「マジで」
 彼女は微笑んで小さな籠に入ったサンドイッチとおにぎりのお弁当を示した。
「え? でも、タイミング……」
「え?」
「やるなら公園とか、海とか……そういうとこじゃない? ここ、サ店」
「あ……そう、か」
 我路のその指摘に凪はたどたどしく頷いた。そして自分の不手際を恥じるように頭を掻きながら、
「あー、その……ごめん」
「え?」
「ううん、なんでもない」
 凪は顔を赤くして気まずそうだ。そんな凪に我路はクスッと笑って、
「んじゃ、この後公園行くか! 凪の弁当食いにハイキングだ!」
「……そ、そうだね。行こう!」
 恥ずかしさを消すように二人は動き出した。着いた公園は大きくておしゃれな公園だ。
「わぁ……。こんな公園あったんだ」
 凪が感嘆の声を上げている。
「だろ? トラックからよく見てたんだ。ここならゆっくりできそうだなって」
 二人はベンチに座ると、早速弁当箱を開けた。中身はサンドイッチやおにぎりなどだ。
「あ、あの……。口に合うかわからないけど……」
 そんな不安げな言葉とは裏腹に、そのお弁当は美味しそうだった。我路も凪も思わず笑顔になった。
「いや、すごいな! めちゃくちゃ美味そうだぜ! あ~でもこれ全部食べきれっかなぁ」
「そ、そうだね!」
 我路はそう言うと、おにぎりをひとつ、手に取って食べた。
「……」
 凪は顔を赤らめチラリと我路を見る。
(ちゃんと美味しいって言ってもらえるかな……)
 ドキドキする。凪は、自分の料理が美味しいと言ってくれるか心配だった。
「あ」
 だが彼はもうすでに食べ始めていた。そして、一口食べてすぐに言った。
「……うまいな」
「やった!」
 思わず小さくガッツポーズをする凪に、我路が微笑む。その笑顔を見て、胸が高鳴るのを凪は感じた。
 それからふたりは公園を歩いた。改めて歩くと公園は広く、とても綺麗だった。
「すごい……広いんだね……」
と凪が呟くと、我路は微笑みながら頷く。
「だろ? たまにこういうところ歩くと気晴らしになるな」
「ほんとだねー」
 そのうち凪は気づいた。あんなことがあった後だから我路は、がんばって自分の気持ちを変えようとしてくれてるのだと。
「……ありがとう、我路」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないよ」
 凪は微笑んだ。胸が暖かくなるのを感じながら。そして思ったのだ。あぁ……幸せだな、と。
「なぁ凪、次にどこか行きたいところあるか?」
「そうね……じゃあ海に行かない?」
「いいよ。行こうか?」
 二人は手を繋いで歩き出した。誰もいない浜辺だった。風と波の音だけが静かに聞こえてくる静寂な場所だった。そんな中で二人の手はしっかりと繋がれていた。離さないように強く固く握りしめられていたその手は、なによりも幸せに満ちているように思えた。
「わあ、海だ! キレイ……」
 凪がはしゃぎながら声を出した。ぱしゃりと波打つ音と強い潮風を感じながら我路は呟いた。
「そうだね」
 二人はしばらくの間何も喋らなかった。ただ海辺に立つと涼しい風が吹いた。汗が引いていく感覚が心地よかった。凪の髪が靡いている。そのたびに仄かにシャンプーの香りがした。
「そろそろ歩こうか?」
 我路は凪に提案した。
「そうね、もう少しだけここでゆっくりしたいけど……」
 と呟くと二人はまた歩き出した。浜をなぞるようにゆっくりと歩く。時折思い出したようにお喋りするけれど、無言の時間も何度かあった。潮風が髪を揺らしていく。波の音が耳に届く。そして二人はどちらからともなく手を繋いだ。我路は照れたように髪をかいているが凪の手を引きながら強く握って放さない。
「……手なんて放していいぜ」
「いやだ」
 彼女はただ小さな声でぽつりと呟くだけだ。それがまた可愛いけど、彼女はギュッと手を握り返してきた。
「え、何? どうした?」
「……急に恥ずかしくなってきたの」
 彼女は顔を赤らめて下を向いた。顔が赤いけど、もっと恥ずかしがらせたくなってくる。我路は彼女の手をぐっと引き寄せた。エスコートするように手を引きながら歩き始めると彼女も何も言わずについてきた。
「お? こんなところに」
 やがて見えてきたのは……観覧車だ。
「あれ乗ろうぜ。凪」
 と我路が誘うと彼女はかすかにうなずきながらついてきた。
 遊園地、そこはたくさんの遊具やアトラクションのあふれる夢の空間だ。だが凪はそんな遊園地を前にもどこか上の空だ。
「よし、乗ろうぜ!」
 我路は彼女の手を取り歩き出す。その姿は恋人同士にしか見えない。そうして二人はジェットコースターに乗り込んだ。最初はかなり緊張して、周りの音にばかり気をとられていたが、中に乗ってしまえば心地よい風の感触や、スピードを感じる爽快感に段々と夢中になっていった。
「やっと落ち着いたか?」
「もう……」
 少し寂しそうに彼女は言う。それでも楽しいことが伝わったのだろう、ニコニコとしている口元を見れば喜んでくれたことがはっきりわかった。しばらくしてコースターがゴールに近づき、ゆっくりと下っていく。その途中でふと彼女の横顔を見るとどこか寂しげな顔をしていたので尋ねた。すると彼女はこう答えたのだ。
「だって……もうすぐ終わりでしょ?」
 と……。
「え……?」
「……ほらね? もう終わり」
 そう答える彼女の顔は、ちょっと寂しそうだった。
「……」
 我路は考えていた。彼女の言葉に繋がる意味を探していた。
「終わんねぇよ」
「え?」
 だから、
「観覧車、まだ乗ってねぇだろ?」
 そう答えてみた。
「……うん」
 彼女は微笑んだけれど、たぶん……その笑顔は繋がる意味ではない。
「ゴンドラ乗んの久しぶりだなー」
 凪の手を引いて、ゴンドラの中に入る。
「うん」
 そう頷いた凪。彼女はこの時何を思っていたのだろう?  我路もまた、何を思っていたのだろう?  我路は自分で何を考えているのか解らなくなってしまっていた。彼は迷っていたのだ。凪と向かい合うことの重みに戸惑っていた。
「どうしたの?」
 黙り込んでしまった我路に凪は訊いてきた。
「いや、どうもしないよ」
 彼は呟き、思わず顔を逸らした。
「本当に?」
「ああ」
 繋がる意味が見つからない。それは、とてもシンプルな答えに思えるのだけれど、見つからないんだ。これは一体なんの問いなんだろうか。我路自身の中で繰り返される自問自答の中、かき消されてしまいそうな後戻りの線が脳裏をちらつく。
 その文字列は文字として実態を持つことはないけれど、しかし不明確な衝動となって胸を打った。きっとこの先にあるものは、とても簡単なものなんだ。楽に、そして安らかになれるんだ。でもそれは、本当に正しいことなのだろうか?
「どうしたの? 何か考えごと?」
 唐突な問いかけに我に返る。
「いや……特には」
「そう」
 凪は短く言うと、再び視線を落とした。そしてまた無言の時間が始まる。だがこの物語には続きがある。
「あ……観覧車、もうすぐ終わるね」
 観覧車が地上に降りようとしていた。夕焼けで朱く染まる街を背景に、ゴンドラは降りた。
「降りよう」
 そう言う凪の後を追って、我路も観覧車を後にした。そして遊園地の出口にあるメリーゴーランドへ向かう。そのとき凪がポツリと呟いた。
「そろそろ……時間だね」
 彼女が振り返ったとき、夕暮れの街の光が差し込んできた。オレンジ色の逆光に包まれながら微笑む彼女の姿は美しかった。それでいて寂しげで儚かった。ふと彼女は呟いた。
「もうすぐ夜が来るね」
 その目は涙で潤んでいるように見えた。
「行こうか、世界の果へ」
 こうして二人の男女はメリーゴーランドへ向かう。
「なあ、ところで人が多いな」
 しかし我路が急にそんなことを言った。すると凪は光の渦に立ち眩みをおこしそうになってしまい、瞬間、カランカラン!と鳴った鐘の音が二人の耳に届いた。はっとして、二人は前方へ顔を向けた。するとそこにあったのは回るメリーゴーランドだ。
「あ……」
 思わず凪は声が出る。あまりの美しさに目を奪われる。巨大な木馬、キラキラ輝く宝石のような輝きを放ちながら回る電灯たち、そしてキラキラとした照明のトンネルをくぐってゆっくりと動く木製の馬車と煌びやかな光たちが間近にある。そんな幻想的な光景に見とれていると……
「あっ」
 群衆に巻きこまれて、気づけば一人になっていた。凪は不安げに後ろを振り返る。しかしそこには、誰もいない。凪は慌てた。ひとりぼっちになってしまった胸がざわめく、寒さがしんと押し寄せてくる。キラキラとした輝きは、心に孤独を植えつけた。凪は混乱した。ただ目に入るのは、大きなメリーゴーランドだ。まるでおとぎ話に出てくるような、美しい装飾の施された木馬や馬車が優雅に回っている。しかし今は誰も乗っていない。ただ静かに回り続けているだけだった。
 その美しさと寂しさに魅入られたのか、凪は思わず足を止めた。しばらくそれを見つめていた凪だったが、やがてゆっくりと歩き出した。だが……
「!?」
 美しさと寂しさの中に幻影を見た。それは、かつて自分が見た光景と重なる。
「ハンス……」
 ハンスはニヤリと微笑んだ。メリーゴーランドの美しい輝きと装飾を背に、彼は静かに立っている。
「凪」
「ハンス……」
「君はもう逃げられない」
 彼はゆっくりと、しかし着実に凪に近づいていく。
「いや、いやよ! やめて! 来ないで!」
「大丈夫、怖がらないで。僕は君のためを思ってやっているんだ」
 彼は優しく微笑んだ。そして、彼女の前に跪く。そして、その白い手をそっと手に取った。
「さあ、行こう」
 彼は彼女を連れて歩き出す。彼女は必死に抵抗するが、なぜか彼を望んでいる自分もいる。ただ彼についていくしかなかった。そして、彼は彼女の手を取り、優しく微笑んだ。
「大丈夫、ボクは君を傷つけない」
 その笑顔は、まるで文学作品の一ページのように美しいものだった。
「さあ、行こう」
 彼の優しい笑顔に、彼女は思わずうなずいてしまった……。メリーゴーランドの白馬に乗るハンス。とても美しく見える。まるで幻想的な絵のような世界だった。凪は虚ろな瞳のまま、向こうの世界に行くかのようにハンスの元に歩んでいく……。
「凪!」
「!?」
 声に振り向くと、我路が肩を握っていて……
「なに迷子なってんだよ」
「……」
 ハッとなってメリーゴーランドを見ると、ハンスはもういなかった。
「? どうした?」
 様子がおかしいと思った我路が、凪にそう尋ねると……
「……」
「お、おい」
 凪は我路の胸に顔をうずめて、泣声を漏らした。
「……凪?」
 我路は、彼女の肩を抱く。
「お、おい、どうした? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
 彼女は顔を上げずに言う。
「そばにいて……離れないで…………心がバラバラになっちゃいそうだから……」
「凪……」
 我路は、凪の頰に触れようとするが、寸前でハッとし手を引っ込める。
「ごめんなさい……でも……」
 すると凪は目尻に涙を溜めながら、小さな声で言った。
「……もうすぐ終わりでしょ?」
 その言葉を聞いた瞬間、我路の中で何かが変わった気がした。

愛し逢え
右も左も見るな
誰の話も聞くな
真直ぐ生きろ

わが路を行け
感じることが総て
信じることが総て
生きる覚悟がある

爆裂の愛

「終わんねぇよ」
「……え?」
「確かめてみるか」
「……うん」
 そう言って、我路は凪の手を引いた。

お前はセックスの時
服を着けるのか? ましてや
パンツなど履くのか?

素裸の美しさ
その醜さも美しさも
その愛を恥じるな

愛し逢え
右も左も見るな
誰の話も聞くな
真直ぐ生きろ

わが路を行け
感じることが総て
信じることが総て
生きる覚悟がある

爆裂の愛

お前はセックスの時
右や左を見るのか? ましてや
誰かの話など聞くのか?

総て忘れろ、忘れさせろ
“ふたり”が総て
眼の前の君こそ総て

愛し逢え
右も左も見るな
誰の話も聞くな
真直ぐ生きろ

わが路を行け
感じることが総て
信じることが総て
生きる覚悟がある

爆裂の愛

「……これでいいの?  我路」
 凪は、小さく震えた声で訊ねる。
「……ああ」
 そう言って、我路は凪の手を引いた。
「ねえ、我路」
 凪が、震える声で言った。
「……なに?」
 と、我路も答える。
「私ね……ずっと前から……我路のことが……」
 ……しかし、そこで言葉は途切れた。そして、二人は見つめ合う。

お前はセックスの時
下心などあるのか? ましてや
現実など考える暇があるのか?

愛し逢え、想い逢え
傷つきかばい支え逢い
“愛”それ以外何もない

 その沈黙を切り裂くかのように、突然大きな音が鳴り響いた。それは二人の心臓の鼓動の音だったかもしれない。あるいは爆発音だったのかもしれない。だがその音はあまりにも大きく激しく、まるで世界の終わりのような轟音に聞こえた。

愛し逢え
右も左も見るな
誰の話も聞くな
真直ぐ生きろ

わが路を行け
感じることが総て
信じることが総て
生きる覚悟がある

爆裂の愛

アッハァ……
右も左も見るな
“愛し逢え”
誰の話も聞くな
“愛し逢え!!”
真直ぐ生きろ
“愛し逢え!!!!”

わが路を行け
“愛こそ総て”
感じることが総て
“愛こそが総て!!”
信じることが総て
“愛だけが総て!!!!”
生きる覚悟がある
“愛だぁ!!!!”

爆裂の愛

 やがてふたりが辿り着いたそこは……廃墟のラブホテルだった。ふたりは、廃墟のラブホテルに入っていく。ラブホは頽廃的で薄暗く、不気味なハズなのだが……
「っあ……」
 ふたりで手を繋げば怖くなかった。

廃墟のラブホテルへ
君の手を引こう
瞳の涙が零れても
胸の傷が血を流しても

優しく抱いてあげる

 廃墟のラブホテルは、まるで夢のお城のように美しく、華やかで、ロマンチックに見えていた。つかないハズの電灯は、まるでシャンデリアのように煌めき、シミだらけのハズの壁は、おとぎの国の城のように美しく見え、暗いハズの天井は、まるで星の海のように華やかに見え、散乱しているハズの床は、まるで天使のドレスのように白く輝き美しく見えた。ふたりきりのまま……そのままだ。

哀と愛に震えた
君を想わず抱き寄せた
折れてしまいそうな躰
震える声は“ありがとう”

オレの言葉が君の自死を止めたように
そんな君がオレを強く支えてくれたように

廃墟のラブホテルへ
君の手を引こう
瞳の涙が零れても
胸の傷が血を流しても

白いドレスを選ぼう
血の赤がよく似合う
君の痛みも哀しみも
その愛も真心も

優しく抱いてあげる

 我路も凪も、そのすべてが素晴らしく見えていた。まるで、おとぎ話の中にいるかのように。

心で確かめ逢うように
躰もひとつになれたら
傷つけかばい逢って
痛くはないかい? 恐くはないかい?

オレは君だけの
ドラキュラ伯爵だから
君の傷も鮮血も、まるで情熱の紅い口紅さ

薔薇に染めたベッドで
傷を舐めてあげよう
血を舐めてあげよう
涙もぬぐってあげよう

ひとつだった魂が
再び出逢ったなら
肉体も現実も越えて
この瞬間が永遠なんだ

優しく抱いてあげる

 愛はベッドの上で手足を絡め、薔薇に染めたベッドのように、部屋を情熱の赤に彩っていく。まるで、お姫様と王子様が永遠の愛を誓うように、現実を浪漫に染めていく。

気持と現実を別けた旧時代
その傷痕を胸に憑けられた少女がいて
ずっとずっと、旧時代のトラウマを背負っている
誰にも打ち明けられず、ずっと一人ぼっちで

だが……お前だけは支えてあげなさい
支え逢いは足し算でなく掛け算

愛は、奇跡を、起こす

 愛は凪の全身を愛撫するように廻り、愛で撫でるように刺激し、愛が吸うように繰り返すと、まるで愛でコーティングされたかのように美しく輝き始めた。
 やがて、愛の影がゆっくりと降りてきて、愛はそっと重なり合うようにやさしく唇を合わせる。2人は互いの唇の感触を確かめ逢い、絡め逢った。そして愛の口が離れてゆくと、舌の間には唾液の糸が引いていた。その糸はまるで王子様に迎えに来てもらったお姫様の花道のようだった。
「凪……」
 我路がそう呼ぶと、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。そして、我路の手が凪の体を優しく撫でる。まるでガラスを触るようにそっと……。
「凪、オレは……」
 我路がそう呟くと、凪はまた微笑んで……
「……いいの」
 そう言って、彼女はゆっくりと目を閉じた。

残酷な現実の下で!!
少女が生きようと願ったのは何故だ?

たったひとつの言葉で
命が救われるという奇跡を見たからだ

 そして我路は彼女の唇に自分の唇を重ねる。それはまるで神聖な儀式のようにも思えたし、あるいはただ単に互いの愛を確かめているようにも見えた。2人はしばらくそのままの姿勢でいた後、どちらからでもなく顔を離す。すると今度は彼女が我路の体を優しく撫で始める。その小さな手はガラスを触るように繊細に動きながら、彼の体を撫でていく。しかしやがてその手つきはどんどんと激しくなり……。
「……ねぇ、我路」
「なに?」
「お願い……今だけでいい……私だけを見て」
「……凪」
 ふたりは、呼吸を合わせていくかのようにゆっくりと近づき逢い……静かに触れ逢い、確かめ逢った。
「ああ、凪が一番だ」
「ありがとう……ありがとう」
 すると凪は頬を桃色に染め、胸元で指先を絡めながら言う。それはまさに乙女の恥じらいのようだった。潤んだ瞳が我路を見つめる。そこには切ないほどに熱い愛情があった。

そんな少女の
儚い気持も切ない気持も幸せな気持も

お前が何故!!
支え逢わないというのか
この愚か者が!!!!

現実に魂を売ったか?

支え逢おう!! 解ち逢おう!!
信じ逢おう!! 愛し逢おう!!!!

 幸せをカタチ創る最後のパーツとは何なのか。愛か、愛情か、夢か。いずれも正解だ。これこそが支え逢いだ。支えと支えと支えの果に、神は降りてくる。愛は降りてくる。

お前が、お前にしかできない
たったひとつの支え方で
支え逢えばいいんじゃないか?

大丈夫だよ
オレが先を行く

恐いモノは何もない

 そしてふたりは再び口づけを交わすと、そのままベッドへとなだれ込む。互いの体を優しく撫でながら確かめ逢うように触れ逢った。ふたりは互いに体を求め逢い愛し逢う。それはまさに愛の行為だった。
 ふたりがひとつになる時が来た。ふたりは互いに求め合い、ひとつになる。もともとひとつだった魂が、再び出逢う夜だ。
 我路は彼女の胸に手を触れると、彼女は少し驚いたが、やがて受け入れてくれた。彼女の躰は温かくて柔らかい。彼女の鼓動を感じる。そしてその小さな躰を、温めるように抱きながら……ゆっくり動く。まるでひとつになったように……それは、とても心地良いものだ。それは言葉にできないほどに温かく穏やかで、気持ちのいいものだ。

先導者よ!!
お前の背にあるのは!!

旧時代を生きる哀しみと
新時代を願う、少女の夢と希望だ!!!!!!

 翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。隣には裸の凪がいた。彼女はまだ眠っているようだ。我路はその寝顔を愛おしそうに見つめながら頭を撫でた。すると凪が眼を覚ましたようで、ゆっくりと眼を開く。
 彼女は少し照れたように微笑むと、我路に抱きついてくる。その仕草はとても可愛らしいもので思わず笑みがこぼれるのだった。
「ねぇ我路……」
 凪は我路の躰を軽く抱きしめると、躰を起こし、
「結婚しよ?」
「凪……」
 我路の頰に手を当て、優しく微笑む。そして……
「アイやみんなには負けない。我路のことが大好きな気持ちも、支えたい気持ちもほんと。私には私にしかできないことがある」
「……ああ」
 我路はニコリと微笑むと、
「愛は、奇跡を、起こす」
 凪の頬に手を当て……キスをした。

つづく

この記事が参加している募集

恋愛小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?