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【医療コラム】デスクの家族写真  部長医師夫婦

■部長のデスクの上にずっと置かれている写真


部長のデスクには家族写真があります。部長は医師同士で結婚をしており、お子さんが1人います。その3人が映った10年前の写真です。なぜ最近の写真をデスクに置かないのかというと、先輩の奥さんが大病をされて、あっという間に亡くなったからです。

医師は、普段から患者さんを診ています。病気は身近なものと感じているはずなのですが、なぜか自分だけは違うと思ってしまうところがあります。そのせいで、体に異変を感じていても無茶をし、気が付いた時には……ということも、割とあることです。

私も、若いころと違って、年をとると体にも心にもガタが来てしまうのでした。休むのは当然の権利ですが‥。

私のお休みに仕事をおしつけられてしまう私の同僚は、先日こんなことを言ってきました。
「お前さぁ。2人分の仕事を1人でやるんだから、給料倍にしてって事務長に言ってくれよ」
なんて冗談なのか本気なのかわかりません。ですが、言葉にしてくれるので私も、
「この前も大変だったよね。でも給料はそりゃ無理だよ。今度の飲みにいったらおごるからさ。いつもごめんな」
と言えます。同僚が何も言わなければ、私は申し訳ない問い気持ちだけを抱え続けることになるので、ありがたいことです。

■奥さんにとった自分の最後の行動


部長の奥さんは、身体に異変を感じていたにもかかわらず誤魔化し続けたのか、身体の異変を認めたくなかったのか、本当のところは分かりません。ただあるとき、病院内で倒れ、病気が発覚したときには、すでに手遅れでした。

私は現場を見たわけではありませんが、鮮明にその光景は浮かんできます。部長は、奥さんから「実は半年前からあやしいと思っていたんだ」と話すのを聞いて、最初で最後。奥さんに手をあげてしまったそうです。

色々な思いが溢れてきて、きっとどうすることもできなかったのでしょう。奥さんは、笑っているんだか泣いているんだかわからない表情で、「ごめんね」とだけ返してきたそうです。

一緒に飲みに行くと必ず、部長はその時の話をします。そんなとき、コップを落とすぐらい酔ってしまうので、まだまだ気持ちの整理がついていないのでしょう。

先輩はずっと後悔しているのです。
何も言わずに抱きしめればよかった? 話を黙って聞いていればよかった? 手をあげたのは本当に仕方なかったのか?
どの道を選んでいればよかったのか、きっと先輩の中では答えは出ていないのでしょう。そして答えがどこにもないことを、部長は知っているのかもしれません。だからずっとずっと悩み続けているのです。

■10年経っても色あせない思い


部長は今も亡くなった奥さんのことを引きずっています。

こんな言葉を部長から聞きました。
「ケンカもしたけれどもね。ずっと好きなままだったから、よかったよ」
あの部長の口から、こんな言葉が出てくるとは……。

「先生もしっかり自己管理しないとダメだよ。奥さんも子どももさ。先だったほうも、あとに残された人も、もう2度と会えなくなるんだぜ」
べろんべろんに酔って、座った眼で言われるときもあるのですが、部長の心からの叫びに聞こえるのです。

気炎万丈な部長が、奥さんのことを10年もたった今でも心の中には残っている。まさに「いい夫婦」なのだなと思うのです。

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