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コロナ禍で医師を辞めようと思いました  児童精神科医が語る

■愛着理論というものは


みなさんは、Bowlby-Jhon(ボウルビィ)の唱えた愛着理論を知っていますか?

児童精神科医として子どもの発達を考える上で、「愛着理論」は非常に大事なことです。人はお母さん(養育者)から無償の愛を受けて育ちます。例えば赤ちゃんの頃に、泣けばミルクが与えられる、泣けばおむつを替えてもらえる。それを繰り返すことで、自分は愛されているのだ。大事な存在なのだと認識する。これが人として生きていく上で、土台になっているという考え方です。とくに1歳までの愛着形成が大事だといわれています。

つまり子どもがつらい体験をしたときに赤ちゃん返りをして母親に甘える。安全基地に戻り、そうして再び、自分の存在意義を確認して再出発する。それを繰り返して人は成長するのだという理論です。

■私が追い詰められていた時のこと


私は2020年コロナ禍に『医師辞めようかな…とよぎった瞬間』がありました。もともと勤務していた小児科は近隣に開業医ができたこともあり、かつての盛況は嘘のように閑古鳥が鳴いていました。

通い詰めていた飲食店が幾つもコロナ禍で閉店に追い込まれたのですから、そういう思いをした人々はたくさんいたでしょう。病院も同じで経営不振を理由に、業務はどんどん縮小されて、やりたい医療ができなくなっていきました。にもかかわらず業績は求められる。ソーシャルディスタンスによって、話し合うこともめっきりと減り、人間関係も悪くなる…。負の連鎖が続いていたと言ってもいいでしょう。

「患者さんのため」を第一に考える医療従事者と言っても、いろんな人がいて、いろんな考えがあります。だから、しっかりと話し合わなければならない。話し合うことで、お互いの気持ちを理解することができますし、現状と照らし合わせて、だったらここはあなたが譲歩して、ここは私が譲歩しましょうという歩み寄りだってできます。

どんなに仕事がきつくても、やりがいのある仕事であったり、やりたい仕事であったりすれば踏ん張れるのでしょうが、やりがいもなく、やりたいこともできず、いったい誰のための医療なのかと考える毎日では踏ん張れません。それに当時は、仲間も院内にはいないとさえ感じていました。そうやって毎日を過ごし、私は医師としての存在意義がわからなくなってしまったのです。

■何よりも優先すべきものは


幸い私には、同じ病院内ではありませんが、同じ「小児科医」としての友人がいましたので、医師を辞めようという思いを踏みとどめることができました。実際彼が私にしてくれたことは、話を聞き、寄り添い、新しい勤務先を探してくれたうえに、やる気を失っていた私を無理やり面接まで引っ張り出すということです。私は本当に自分を見失っていたので、彼の存在はとても大きくありました。そうやって支えてもらいながら面接を受けた結果、今の勤務先に復帰することができたのです。

「心細いとき、そのことを素直に話せて、頼ることができる人のこと。安全基地に頼ると、安心したり、もう一度やってみようと思ったりできる存在」というのはかけがえのないものだと、改めて認識しました。

これまでの私は「職場を選ぶのに人間関係大事だよ」という言葉の通り、勤務地が最優先でした。勤務時間、給与。生活をしていく上では軽視できないものです。けれど、そんなことよりも優先すべきものがある。それを同じ小児科医の友人が教えてくれたのです。

つらいことがあっても仲間がいれば乗り切れられる。友人に甘えて、私は再び安全基地から再出発できたのでした。

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