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これは言っていいんだっけ、ダメなんだっけ?

コンプライアンス=法令遵守。

ただ一口に「コンプライアンス」と言っても、昨今では単に法令を守るだけではなく、社会規範や企業倫理に基づいて社会的ルールを守る、という意味を含むようになり、いわゆるハラスメントもコンプライアンス違反の1つに数えられます。

コンプライアンス
社会的ルール
ハラスメント

…まぁ、めんどくさいですよね。

一介のしがない事務員であるわたしでさえ
雑談ひとつするにも気を遣う今日この頃です。

これは、言っていいんだっけ
ダメなんだっけ?

息苦しい世の中になったもんだ
いっそのこと一切合切やめちまえ
こんな社会に誰がした
昔はよかった、あの頃に戻りたい

そんな意見も耳にします。

でも、わたしは考えたいのです。

そもそもなぜ、コンプライアンスを
守る必要があるのか。

***

わたしは
「弱者が死んでしまうから」
だと考えます(極論)。

例えば、車と歩行者もそうですよね。

そこに交通ルールというものが無かったら
野放図にビュンビュン車が走る中
歩行者は恐怖に打ち震えながら
最大限注意して進まないと
目的地にたどり着くことが出来ません。

運命のいたずらで轢かれて死んだら
身一つで歩いてるのが悪い
車を買えばよかったのに
自己責任だ、と言われる世界。

おちおち外も歩けません。

信号があって
横断歩道があって
絶対的に歩行者優先

今、そう定められているのは
そこに、力の差があるからです。

ずっと昔、全員が徒歩移動だった時代は
交通ルールなんて無くてもよかった。

だってぶつかっても、せいぜい
痛いな!ごめんよ!で済むから。

でも、車が発明されたことで
ルールが生まれたのです。

車と人がぶつかったとき
車はちょっと凹むくらいで済んでも
人は、死んでしまうから。

ハラスメントも
そうだと思うのです。

そもそも人と人との関係に上下の差が無ければ
ルールなんて必要なかった。

みんな平等
みんな同権
だったなら

痛いな!ごめんよ!
と気軽に言えた。

でも、人の世には地位や役職や格差というものが生まれてしまったし、社会的にも肉体的にも、力を持つ者と持たざる者がいます。

放っておくと強者が言いたい放題、やりたい放題になってしまって、弱者は憂き目に遭っても黙らされて抑え込まれてしまう。

だから、公平・公正に近付ける為に
力を持たない者を守る為に
ルールが出来た。

そういうことだと思うのです。

***

これは、言っていいんだっけ
ダメなんだっけ?

発言する前に一瞬考えるのは
交通ルールで言うと「一時停止」でしょう。
交差点では、一旦止まって安全確認をする。

確かにちょっと、めんどくさい。

でも、弱い人が弱いままで
安心して歩ける社会の方が
わたしはいいと思うのです。

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