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もうひとつの物語の世界21, マリーンと アンコウ、3/5

マリーンと あんこう

 マリーンは、もうひとつ大切なことをきいてみた。        
「アンコウさん、あたしの仲間をしらない?」
「おまえの仲間?
 タコの仲間をさがしているのか?」
 アンコウは、またじろりと、マリーンをにらんだ。
「たぶん、いまなら南のサンゴ礁にあつまっておる。」
「ほんとう?」
 マリーンは、やっと仲間に会うことができる。
 早くおよいでいきたくてしかたなかった。
 アンコウは、そんなマリーンの顔をじっとみつめていた。
「おまえは、そんなに仲間にあいたいのか?
 水族館で、タコの一生について、教えてもらわなかったのか?」
「タコの一生って?
 親はいなかったし、みんなあたしにやさしくしてくれたけど。」
 水族館ではたのしいおもいでしかなかった。
 アンコウは、やれやれといった顔で、
「おまえは、ほんとうになにもしらないようだな。
 おまえが産まれたときに、もう親はいなかったといったな。それこそが、タコの一生だ。  
 いいか、生き物には、寿命というものがある。
 どんなにがんばっても、それ以上は生きられぬ。
 そして、ここからが大切だぞ、いいか、タコの一生はおまえがおもっているより、ずっと短くて、はかない。
 せっかく水族館から逃げてきたというのに、なぜそんなに、死に急ぐのだ。」
「死に急ぐ?」
 あたしは、べつに死に急いでないわ。
 ただ仲間にあいたいだけなのに。
「なにがいけないの?」
 アンコウは、大きくため息をついた。
「だから、なにもしらないといったのだ。」
 マリーンは、むっとしてききかえした。
「あたしが、なにをしらないの?」
「ならば、おしえてやろう。おまえは、いずれ仲間にあう。そして、オスのタコにもであう。やがて、おまえは結婚して卵をうむ。そうだな?」
「ええ、そうよ。」
 マリーンは、自信をもって答えた。
 するとアンコウは、
「そのあとはどうなる?」
「卵をうんで・・・、子どもたちがかえるまで世話をする。
 そうでしょ?」
「とうぜんだ。そして、そのあとは?」
―そのあと?
 マリーンはいっしゅんことばにつまった。
 なにもかんがえていない。
 逆にききかえした。 
「そのあと、どうなるの?」
「どうにもならん、死んでしまう。
 たったいちど卵をうむだけで、死んでしまうのだ。
 どうだ、あっけない一生だろう。
 だから、タコの一生は、はかないというのだ。
 わかるか?」
「卵をうむだけで、死んでしまうの?」
「そうだ。いいか、タコのメスは卵をうむと、そのあとはなにも食わずに、ずっと卵のせわをつづけ、卵がかえるころには、疲れ果て、ボロボロになっている。そしてそのまま死んでしまう。
 たった一度、卵をうむだけで、死んでしまうのだ。
 オスのタコもおなじだ、自分の役目をおえると、死んでしまう。
 だから、タコの一生は、短くて、はかないのだ。」
―そんな。
 マリーンは、おもわずききかえした。 
「死んだあとは、どうなるの?」
 アンコウは、冷たくいいはなった。
「だから自然の海は厳しいのだ。
 死んだタコは、波間をただよい、キタマクラや、ほかの小魚に、その死んだ身を食べられていくのだ。」
 マリーンは信じられず、もう一度たずねた。
「でも、中には、死なずに生きのびるタコもいるでしょ?」
 アンコウは、はなでわらうと、ピシャリといった。
「いいや、みんな死ぬ!
 一生に一度、卵をうむだけだ。それがタコの運命だ。 
 だからはかないのだ。
 おまえは、せっかく広い海をみたいとおもって、水族館からにげてきたというのに。いまのうちに、もっとしらない海を旅してきたらどうだ。もっと海のこわさを、すばらしさをしってからでも遅くはないぞ。
 なにをそんなに死に急ぐ。」
―そんな?
 マリーンは、なにも言い返せず、じっとだまっていた。
 水族館にいたときからの願い。
 ずっと仲間にあいたいとおもっていた。
 しかしアンコウのいったことがほんとうなら、マリーンは、一度だけ卵をうんで、そして、死んでしまう。
―ほんとうかしら?
 うたがっている。でも、一度しかうめないからこそ、何千、何万の卵をうむのかもしれない。
 でも、やっぱり仲間に会いたいという気持ちは、おさえきれない。
「アンコウさん、ありがとう。せっかく忠告してくれたけど、やっぱり仲間にあいたいの。そのかわり、仲間にあって、タコの一生がほんとうに短くて、はかないのか、きいてみる。」
「そうか、どうしても、みんなのところにいきたいのか?
 いけば、短い、はかない一生で終わってしまうぞ。」
「いいの、それがタコの一生なら。」
「おろかといえば、おろか。けなげといえば、けなげだな。
 それでもいくというなら、もうなにも言わん。
 おまえの一生はおまえのものだ、好きにすればいい。
 最後に、わしがいってやれるのは、おまえが無事に子どもの世話をおえ、死をむかえるときがきたら、わしのところに戻ってくればよい。
 死んで波間をゆられ、その身をキタマクラや、ほかの小魚に食われるくらいなら、わしが、ひとおもいにおまえを食ってやる。」
―えっ、わたしを食べる?
 ほんとうは、ただ、わたしを食べたいだけ?
 ちょっと、アンコウをうたがっている。
 あたしは、だいじょうぶ。ちゃんと卵をうんで育てられる。
 たしかに、波間にゆられながら、死んだ身をキタマクラや、小魚に食べられるのはいやだけど、みんな、いつかは死ぬ。
 マリーンは、まだ若いから、そんな死ぬことより、生きることだけをかんがえていたかった。
 アンコウの言っていることが、たとえ正しくても、いまのマリーンには実感がない。そんな先のことは、なってみなくてはわからない。
 まあ、そのときがきたら、アンコウに食べてもらえばいいんだ。
 マリーンは、決心すると、はっきり返事した。
「ありがとう、アンコウさん。そのときがきたらおねがいね。」
 アンコウは、大きくうなずいた。
「おまえの人生だ、好きにするがいい。」
「はい、仲間にあいに南のサンゴ礁にいってきます。」
 自分にいいきかせると、マリーンは、アンコウと別れ、南の海をめざして、およいでいった。

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