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#39 戦友の恋



石堂玖美子と、山本佐紀。

このふたりの関係性が、
なんとも羨ましいものだった。

互いに生みの親でもあり、
育ての親でもある特別な関係だ。

駆け抜ける日々を
濃い時間で過ごした二人。

人生における一部分を。
それも駆け抜けていく日々を
切磋琢磨しながら、
言葉を交わして交わして、刺激し合って。

おたがいを認めて、支え合って、
、、、ぶつかり合って。

ただの仲の良い友達、なんて枠ではなく
" 戦友 " と呼びあうふたりの関係性が
とにもかくにも素敵だった。



傷はないに越したことはないんだけれど。
そうはいかないのが、人生ってものよね。

それが分かるようになった今、
歳を重ねられていく良さを感じられる。

ねえ、佐紀ちゃん、
長い長い喪中だったねえ。

戦友の恋

リズのマスター、
律子さんがかけた言葉だ。

ふたりを長らく見守ってきたからこそ
生まれる言葉だ。

胸をうたれる。
涙がでるわけでもない。
ただただ静かにじぃんと胸に響いて居心地の良い場所にしっくりはまって。
ピースが収まるべきところにカチッとはまった感覚で。

玖美子との出会いからの日々と、
別れてからの日々が描かれ、
佐紀が抱えていたこの喪失や痛み、
静かにつづいていく痛みに、
鼻の奥がツンとしていた。

どれだけ時間が過ぎようとも
玖美子の輪郭は濃く、
あらたな出会いがいくつあっても
あの石堂玖美子はいないことを思い知らされるのだから、、、

それでも生き続けていくこの世界で、
この痛みを抱えながらも、
最後の章「遥か」で描かれた" 再生 "。

新たに生まれ変わったような足取りで
一歩一歩すすんでいく姿、その光景に、
あたたかな光に、
こころが柔らかくつつまれていた。

喪うことに慣れてしまったからといって、
喪う前に放棄してしまっていいわけではない。

喪うことに慣れてしまったからこそ、ようやく繋がった、ようやく見つけたこの細い線を手放してはならないのではないか。

戦友の恋


" いい恋だったよ "

しあわせな恋をしていた答え合わせだ。

ワタル君を介して、
時間を経て知れた玖美子のかわいい姿。

知られざる作戦に
やっぱり玖美子だなあとおもわせられ、
目頭が熱くなった。


" いい本だったよ "
胸の内で、そう呟いてしまった。

物語の世界に入りながらも
北上さんもこれを読んでいたんだよな、とか
この文に感動していたりしたかな、
あーーーーーわたしここ、ここ!好きですーーとかね。
なんかいろいろ
脳内で声をかけてしまいました。

そうだなぁ。。

お会いしたこともないのだけれども、
なんだか一緒に読ませてもらえた感覚でした。

わたしにとって北上さんは、
マイハートの特別なところにいる方だから、かな。


「あたし、思うんだけどさ。
このくらいのお年頃って、案外難しいお年頃なんだよね。ね、そう思わない?
とにかく、あたし達くらいって、ほんとに難しいお年頃なのよ。同級生だもん。まったく同じ年なんだから実感としてよくわかる。ここまで来るのってけっこう大変だったじゃない?どうにかこうにかここまでやってきて、とりあえず、あーやれやれ、って思いたくなるようなところまでは辿りついたけど、ここだってそんなに楽しいことばかりじゃないってすぐにわかっちゃうじゃない?
ほんと、一息つくどころじゃないしさ。それどころか、はたと気がついてみれば、何かが少しずつ若い頃とちがってきてる。ほんと、あらゆることがことごとくちがってきてるじゃない?なんでだろう?ってつい立ち止まっちゃう。立ち止まって思うのよ、ここはどこ?って。いろんなことがまだ間に合うような気もするし、間に合いそうでいて、もう取り返しのつかないところまで来てしまっている気もする。これでいいのか。これではだめなのか。決断するなら今だ、と思ったり、でも決断の仕方がわからなかったり、どっちにでも行けそうで、それでいて、どっちにしか行けない、ってこともよくわかってる。それくらいは学んでいるのよ、さすがにこの年まで生きてくると。ねえ、もしかしたら、再就職するのが、恐いんじゃない?」

戦友の恋


大島真寿美さんの言葉の羅列が好きだ。
並べ方、が非常に好き。

つらつら流れる文がすらすら読めて、
それが心地よくて、心地よくて。


" とても柔らかくて気持ちのいい文章 "
と、北上さん。

そうそう、それです!
言いたかったのはそれーー!!

あとがきにて、
自分が感じていたものを的確に表現されていると、そのしっくりくる答え合わせにきゅーってなる。

それに会話が随所に「」なしで進められるのも好きだった。
いや、むしろこっちの方が好みかも。心地よさがね。

というよりか、文が上手い人だからこそ成り立つというか、できる技なのでは、なーんて思ったり。
一穂ミチさんの時も、このカッコなしの会話がひたすら心地よかった。

「」の表記がなくてもイメージができてるからそのままつらつら流れる文が会話として自然に変換されて、代わる代わる喋って動いてと、ノンストレスだったね。


骨身を惜しまず働く、
その働きっぷりにしたって、葛城さんより明らかに石堂さんの方が上だった。
女だけど男前っていうか、せこいところもないし、リーダーシップもあったし、

戦友の恋

玖美子を慕う君津の目は、
とても良かったよ。

幼いところも暴走して突っ走るところもあったけど、それでも玖美子の良さにいち早く気づいて憧れて、あせってムキになって。
忙しなく荒削りなところもまあ可愛くも見えたりなんかして。
そんな彼が時間を経て、淡い恋を経て、大人になっていく姿も見所の一つ。


" 女だけど男前 "

意外とガッツあるね、とか言われるとそれはそれは最上級の褒め言葉として受け取れる。

あーー、このお方は内面のようなものを見てくださったのかなーーなんて。

人は見た目が9割とかなんとかあるけどさ、
それは一理あるんだけどさ。
けどさ。
本心を隠すどころか武装して取り繕ってヘラヘラして自分で自分をカモフラージュさせていつしか自分がわからなくなって自意識過剰で自己というものに縛られている感覚でくらくらしている中によ。

ふと、
自分の中で育てて変わらずにあろうとしていた核の部分に気づいてもらえたりするとね。
クラっとしちゃったりするのよね。


" わたしはわたしを育てる‼︎ "

オルタネートがこのラインナップに。
テンションあがるねー、こりゃ。


夏がはじまった。
夏の新潮文庫100冊がはじまると、
わたしの夏もはじまる。

新潮文庫は、わたしの育ての親。

毎夏毎夏、これをたのしみにしているの!

yondapandaちゃんもすきだけど、
キュンタもすきよー。
キュンキュンキュンキュン涙を流すところとか、愛おしいなんてもんじゃないのよね。


この冊子がだいすきでさ。
学生時代には2冊もらって、1冊は書き込み用でさ。
欲しい本や気になった本にしるしつけてさ。
そこから、計算してさ。
欲しい本が多過ぎてなくなく削ったり、来年の持ち越しにしたりとかさ。
お小遣い内でぎりぎりやりくりしたりとか、バイトもうちょい頑張るかと考えてみたりとかさ。なつかしい。。。

人生の目標のひとつに、
遠慮しないで、本を買えるようになりたい。
ってのがあります。

最近、市県民税の通達に頭を抱え、
生きてるだけでお金がかかるなんていやんなっちゃうわーなんて思ったりもしたけどさ、

本にはお金をかけたい。

オルタネートのいるるちゃんのように
育てる、とまでは言えなくても
10代の持つ勢いやエネルギーを思い出し

わたしはわたしを育てたい。

希望的観測で自分を見つめ、
ゆっくり育てていけたらとおもう。

まずは、働けアリンコ!と自分を鼓舞して
重たい瞼をこすって、電車に揺られて、
外の世界のエネルギーに触れて、
ひとと関わって、
夏のおわりには見える景色が
すこしでもかわっていたらうれしい。







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