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そんなものですか

作家の思い出インタビューというものが、いかにいい加減なもので、昔のことだから(笑)と、いい加減で配慮のないものだということを、ちいさい規模ながらも、実際に知る機会に出くわした。

小さな高校の同窓会の印刷物だけれど、同級生の作家が、当人の参加したことのない図書委員会活動を「めちゃくちゃだったのかもしれない」と表現していて、インタビューの回答について、同窓の同学年なものだから、SNSで、当時の実際を知る私のほうから「これは誤解を招く可能性が」と尋ねて当人からコメントを確認したところ、そのインタビューでの発言は、昔の羨望の思い出に基づいただけのものだと(笑)マークつきの返信だった。

うわー、その場の返信に対しても、「当時の運営状況の事実と異なることが伝えられてしまっているので、これは迷惑をこうむるひとが出てくる可能性があるよ」、とは言っておいたけれど。
活字にするとかインタビューを受けるとかって、そういういい加減なことなんだろうか?

けっこうこの作家M.Yさんって「めちゃくちゃ」なんだな、と事実として思い勉強になった。このひとはこのひとで、某大学の新聞学科をせっかく出たというのに、個人の発信の意識はそんなもの、である場合もあるんですね。
(←これは小さな告発かもしれないです笑)

ま。ちょっと目立って注目されたからって、自分の知らないことを知ったかぶっちゃいけない。

過去の記録として、印刷物を読む場合、そういういい加減な意識で残された言葉であることも考慮しないと、真実が読み取れない場合だって、あるのでしょうね。受け手としては、そういうことも気をつけないとな、と思いました。

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