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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #42】ロースト・ビーフ(1/4)

古きイングランドのロースト・ビーフ

いつか食べるといい、ロースト・ビーフを。できるなら寒い季節の昼下がりがいい。窓から柔らかく光が差し込む古いパブの木のテーブルで、ワインではなくエールを、いや、むしろスタウト(黒ビール)を、「柄がついていないグラスで出すような愚」(*1)を犯さずに、ジョッキか陶製のマグで添えて食するのがいい。ヨークシャー・プディングは必ずあったほうがいい。たっぷりとかけられたグレービー・ソースを余すことなく掬うことができるから。付け合せは人参とジャガイモ。ホースラディッシュも忘れてはいけない。人参を太めの短冊切りにするならジャガイモもチップス形に切って、そうでなければ両方輪切りにしてして、肉と一緒にローストするのがいい。まちがっても人参をバターでグラッセなどしてはいけない。それはあまりにも「フランス的」だ。グリーンピースがあってもいいが、季節的に生は手に入らないから、冷凍は味気ないという人はなくてもいいだろう。

「フランス的」であってはいけない理由は、イギリス人の牛肉好きがフランス人にとって格好の揶揄のネタだったからだ。フランス人が「ロスビフ(rosbif)」と言うとき、それは野暮で洗練を欠いたイギリス人を馬鹿にするときだった。そのお返しにイギリス人はフランス人を「カエル」と言って馬鹿にしてきたわけだが、それもこれも、18世紀を通じて領土をめぐり、そして信仰をめぐり仲違いを繰り返していた両国の歴史に原因がある。

「ジン横丁」や「ビール街」など、ロンドンの庶民の生活を多く描いた画家のウィリアム・ホガースは、1748年にこの不安定な両国間の関係に巻き込まれてしまった。スケッチ旅行で訪れたカレーの街で、スパイの容疑をかけられフランス警察に捕まってしまったのだ。その仕返しに彼が描いた絵が、「カレー門、または、おお古きイングランドのロースト・ビーフ」と呼ばれる1枚だ。今はドーヴァー海峡を渡るフェリーの発着港として、そして多くの難民申請者たちが収容される施設のある国境の街として知られるカレーだが、その当時はイギリス領だったりフランスが奪還したりを繰り返される、そのぶん両国の文化や慣習が入り乱れる、活気ある街だった。

William Hogart, The Gate of Calais or O, the Roast Beef of Old England(1748)
出所:Wikipedia Commons

ホガースの描いた絵では、大きなロースト・ビーフが左手にあるイギリス風のイン(パブ)に持ち運ばれようとしている。それを羨ましげに見る太った神父。ということは彼はカトリックだからフランス人ということになるわけで、絵のなかでは彼一人だけが肥えていて、あとはみな飢えている。右手手前にはぐったりとしてジャコバイト兵(スコットランド人)が横たわっており、絵の中央でどーんと存在感を見せる大きな肉塊と神父のいやしそうな表情と体躯とは対照をなしている。ホガーズはスパイ容疑で逮捕されたことが相当頭にきたのだろう。左手にはスケッチブックを持った画家自身が登場しているが、その肩には官憲の手が置かれ、その後の逮捕劇を暗示しているからだ。

頭にきた画家は、堂々とした肉の塊をフランス人神父には手も触れさせなかった。これがおまえらフランス人が馬鹿にする「ロスビフ」だ、と言わんばかりに肉を中心に、皮肉まじりでイギリスが戦っている(いた)フランスやスコットランドをこき下ろしている。「ビーフステーキをこよなく愛する同好会(the Sublime Society of Beefsteak)」という社交クラブのメンバーでもあったホガースが、愛国心たっぷりに描いた絵、ロースト・ビーフにイギリスのプライドを仮託して描いた絵、と解釈される1枚である。

*1 ジョージ・オーウェル「パブ水月」『一杯の美味しい紅茶』小野寺健訳、中公文庫、2020年、25頁

(続く)


ロースト・ビーフのレシピ

2人分

材料

牛肉(もも、ランプ)      500g
塩               小さじ1
黒胡椒             少々
ローズマリー(生のもの)    2本
オリーブオイル         適量
人参              1本
ジャガイモ           3個
芽キャベツ           10個
ヨークシャー・プディング    4個
グレービー・ソース       適量
ホースラディシュ・ソース    適量

作り方

① 牛肉に塩、黒胡椒をまぶしてから、タコ糸で肉が崩れないように縛っておき3時間ほど室温に戻しておく。

② フライパンを熱し油をひき、中火で牛肉を焼く。牛肉の上面、下面、右側、左側を各1分ずつ、右端、左端を各30秒ずつ、移動させながらまんべんなく焼く。

③ アルミホイルにオリーブオイルを塗り、牛肉とローズマリーを包む。

④ 80℃に予熱しておいたオーブンで20分ほど焼き、取りだして肉に温度計を刺して中心温度を測る。温度が60℃になっていなければ、オーブンに戻し中心温度が55℃~60℃になるまで焼く。

⑤ 牛肉をオーブンから取り出し、ホイルで包んだまま、さらにタオルを二重にして包み2時間ほど保温する。

⑥ 人参、ジャガイモ、芽キャベツを茹で上げ、牛肉のスライスとともにお皿に盛り付け、ヨークシャー・プディングを添える。グレービー・ソースとホースラディシュ・ソースを用意して、お好みでどうぞ!


次回の配信は11月10日を予定しています。
The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)


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