肉体


 肉体を持つとはどういうことなのだろう。

 肉体を喪った人のために嘆く人がいる。そしてそのすぐそばに、他は何も変わらず肉体だけを喪った人がいて、困り果てて苦笑していることもまたよくある。こちらに「ねえ?」と水を向けられ、一緒に笑いそうになるのを必死に堪える。

 こんなに近くにいるのに、肉体を持つ大多数の人はどうして気づかないのだろう?
 傲慢な私はいつも思う。

 時々、肉体を持たない存在が私の所まで大切な人へのメッセージを携えやってくる。どれだけ近くで語りかけてもその声は伝わらず、物理を超えられない不自由な肉体に縋ってくる。

 そのように訪ねてくるのは、肉体を喪ったばかり、もしくはもうすぐこの世に肉体を得る人が比較的多い。まだ生々しくその気配が残る人、日に日にその気配が高まってくる人は、遺してきた人、これから世話になる人へ伝えたいことを切実に抱えている。

 馬鹿は死ぬまで治らない?そんなことはない。馬鹿は死んでも治らない。

 生まれたり死んだりした程度で人間何も変わらない。良い人は良い人のまま、そうではない人はそうではないままそこにいて、時には私にことづてを頼みに来る。

 肉体とはなんだろう、肉体を持つ者と持たざる者を隔てているのはなんだろう、肉体を持つとはどういうことなのだろう、どうして私には両者の声が聞こえるのだろう。

 今日も肉体を持たない存在を認め、選ばれ、対話をする。声を出さずに。

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