見出し画像

選手にサッカーを"学ばせる"『制約主導型アプローチ』

この下の画像は何の動物に見えるだろうか。

ウサギに見えた人もいればアヒルに見えた人もいるだろう。

人が何かを判断する時にはそこには判断材料となるもの(この画像で言えば耳/口ばしの部分や目の位置、全体の形など)を認知する必要があり、その判断材料の中から判断を下すために重要な情報を取捨選択して判断を下す。

サッカーでは、ピッチの中に複数人の選手が入り乱れており、ピッチ内の局面は継続的に変化していく。サッカーは対戦相手があり、様々な内的/外的要因の影響を受けるため非常にダイナミックで複雑なスポーツと言える。そのため、サッカーで良いパフォーマンスをするためには状況判断がカギになる。

『状況判断が良い選手』と言うと、どのような選手を思い浮かべるだろうか。個人的に最近はプレミアリーグの試合ばかり見ているので、どうしてもプレミアリーグの選手を思い浮かべてしまうが、最近ではアストン・ヴィラのドウグラス・ルイスやアーセナルのウーデゴール、シティのベルナウド・シウバやチェルシーのチアゴシウバなどが個人的には状況判断で違いを見せているように伺える。

アストン・ヴィラのドウグラス・ルイス

様々な状況判断を伸ばす練習方法が開発されているが、『制約主導型アプローチ』もその一つである。制約主導型アプローチはエコロジカルダイナミクス(パフォーマンス環境と選手の相互作用する性質)を基にしたアプローチでモダンサッカーで頻繁に取り入れられている手法だ。今回はそんな制約主導型アプローチについてまとめていく。


制約主導型アプローチ(Constraints-led Approach)


制約(constraints)の用語は、「システムまたはサブシステムが組織の安定状態を求める中で形成される形態に影響を与える境界または特徴」と定義されている。制約主導型アプローチは、生態心理学と動的システム理論に基づく『理論的な学習者中心のアプローチ』として認識されており、選手はタスク環境、および個人の『制約』との相互作用することで独自の解決策を探求する。

つまり様々な制約を用いてトレーニングをオーガナイズすることで選手・チームを"学習させる"ことが制約主導型アプローチとなる。

環境への適応:エコロジカルダイナミクス

制約主導型アプローチは選手中心の学習をベースとしたペダゴジカルな要素と選手と環境の相互作用によって学習させるエコロジカルな要素が含まれている。

ペダゴジー(指導学)については下記の記事にて詳しくまとめているので、ぜひ。

自己組織化と適応

制約の中にも様々な種類があるが、個人の制約には、個人の身体能力や技術的能力の他に、パフォーマンスに影響を与える社会的、文化的、感情的、認知的要因などである可能性がある。エコロジカルダイナミクスの観点からはパフォーマンスの向上やスキルの獲得は、パフォーマンスの文脈で『自己組織化』を持続的に形成することによって発展する可能性があるとされている。

自己組織化とは選手自らがプレー環境に適応しようと試行錯誤を繰り返すプロセスの中でパフォーマンスの向上やスキルの獲得することである。これはエコロジカルダイナミクスの基本的なコンセプトの一つだ。

例えば、下の画像は2人のプロサッカー選手のボールを蹴る時の身体操作の様子だ。これは2人の選手に「目の前の障害物を超えたパスを出す」という目的のもとで撮影されたものである。2人とも「どのように蹴るか」というインストラクションは受けていないが、ボールを浮かして「目の前の障害物を越える」というタスクを達成した。

ボールを蹴るアクション時の姿勢

2人はボールを蹴るという動作は違うが、同じ「障害物を超えてパスを出す」というタスクを達成した。プレー環境や文脈に適応しながらタスクをクリアすることで、自然とスキルや技術を習得することができるというのが自己組織化となる。

選手の個々のアクションは、それぞれの環境設定によって制約され、特定のパフォーマンスの文脈環境情報知覚によって変化する。例えば、4対2の小さなグリッドでのロンドと4対4+3のポゼッションではプレー環境や必要な状況判断が異なるため、個々のアクションも変わってくる。前者では方向性がないため横パスが増えたり、1人あたりのタッチ回数が多くなるかもしれない。後者では方向性があるため、より縦パスやターンするプレーが増えたり、1人あたりのタッチ回数は少なくなるかもしれない。個々のアクションは状況判断を基に行われるため、選手が重要な情報源を認識し、効果的なプレーをするために重要な情報源を利用できるスキルを身につけることが不可欠である。

アフォーダンス

サッカーの試合では、選手がドリブルためのスペースやシュートやパスを行うためのギャップなどアクションを行うことができる機会がある。これらの機会は『アフォーダンス』と呼ばれ、アフォーダンスは選手の知覚能力、対戦相手のレベル、および個々の能力に影響される。

アクションを実行するためのチャンスと考えるとわかりやすいかもしれない。CBがボールを受けた時に相手のプレスが速く、ロングパスを繰り出すスペースと時間がなかった場合、アフォーダンスの欠如と考えることができる。逆にCBがボールを受けた時にスペースや時間があったとしても、そのスペースを認識できていない場合にはアフォーダンスを見逃しているということになる。更にはスペースや時間を認識していて、ロングパスを出せる状況だったが、ロングパスを出す技術や能力が欠けていた場合もアフォーダンスを活用できてない原因となる。

状況判断とアフォーダンスの活用のスキルは、プレー環境で関連情報を使用する経験から結びついている。例えば、練習からゲームで起こりえる文脈の中でトレーニングをすることで、正しい状況判断とアフォーダンスを活用するスキルを身につけておけば、試合でも練習と同じようにプレーすることができるようになる。

正確な状況判断(認知と決断)やプレーを実行するための技術(パスの実行)は、良いパフォーマンスを発揮するためにサッカー選手が持っているべき能力であり、良い選手は他の選手よりも意思決定に役立つ情報を知覚する能力を持っていると言われている。また、良い選手はピッチ上の感覚情報を知覚し、次にその情報を解釈、活用して次に何が起こるかを予測できるため、先見の明の質を示している。

下の画像ではエコロジカルダイナミクスを用いたサッカーにおける選手の成長サイクルがまとめられている。

エコロジカルダイナミクスフレームワークにおけるプレイヤー成長サイクル(Vaughan et al., 2021)

指導者がデザインすることができるのは左側の3つの制約(環境、個人/選手、タスク)であり、プレー環境では知覚とアクションが密接に関わっていることがわかる。制約主導型アプローチは3つの制約を操作することで、選手の知覚とアクションに刺激を加え、状況判断とアフォーダンスを活用するスキルを養うことをにフォーカスしている。そして、それらのスキルが磨かれることで、柔軟性が高く、クリエイティブな選手を生み出すことが狙いとなる。

重要なことは、指導者が練習の前に練習を緻密にデザインし、練習中に制約の調整を行い、練習後にコーチングを振り返ることで、制約の操作を上手に行いながら選手に最適な学習・習得を促進することである。また、指導者は選手が重要な情報源を発見し、パフォーマンスを向上させるために、練習中に独自の解決策を探求するように促す必要がある。

制約のタイプ

サッカーの練習に適用できる3つの制約のタイプがある。

環境制約(例:ピッチの表面、温度、天気)

タスク制約(例:プレイヤーの数、ルール、ゴールの数、得点目標の数、ピッチのサイズや形)

個人の制約(例:技術的な能力、身体的な能力、年齢、疲労レベル、選手の経験)

個人、タスク、環境の相互作用を強調した運動学習における制約主導型アプローチのフレームワーク(Passos et al., 2008)

サッカーの練習で最も使用されている一般的な手法は、タスク制約の操作だ。しかし、近年では制約主導型アプローチの研究が進み、さらに構造化されたフレームワークが開発された。

下に表示されているPoSTフレームワーク(Performance of Skill Training: スキルトレーニングのピリオダイゼーション)は、制約主導型アプローチを更にトレーニング別に細分化してものである。

PoSTフレームワークOtte et al. (2020)

このフレームワークは制約主導型アプローチをコーディネーション(身体操作、動作の安定性)、スキル適応力(パフォーマンスの変動性)、パフォーマンス(パフォーマンスの安定性)の3つに分類して、よりどのスキルや能力にアプローチをかけているのかを明確にした。指導者が練習をより効率的かつ理論的に構造化することを可能にし、結果として、フレームワークの適用はより具体的で文脈に即した最適なパフォーマンスを引き出すことができる。

そして、これらの3つに分類したトレーニングをゲームの関連性と反復性の軸に当てはめたものとなる。

Otte et al. (2020)

X軸は『game representativeness(ゲームの文脈、試合への関連性)』を表しており、Y軸は『Repetitions(反復性)』を表している。例えば、右下のPeformance Training(tactical focus:戦術フォーカス)(例:ゲーム形式の戦術練習)はゲームへの関連性は高く、反復性は少なくなる。逆に左上のCorrdination Training(Movement Stability:身体操作の安定性)(例:パスコン)は安定した動作を習得するために反復性は高くなるが、ゲームの文脈からは離れることになる。

そして、このフレームワークを更にピリオダイゼーションに当てはめると以下のようなスケジュールになる。

重要なのは、選手は知覚と行動を通じてプレー環境の理解を促進させ、選手は「何かができるようになる前に、何かをすることで最終的にできるようになる」という人間としての特性がある。さらに、制約主導アプローチを実践に適用する際の重要な考慮事項として、特定のプレー環境の文脈、サッカーのゲーム内の文脈、個別の有効性(個々のスキル、選手の個性や性格、選手の経験など)、アフォーダンスなどがある。これは選手がパフォーマンス環境で行動するための知覚変数にアクセスする手段となり、アクションを起こす手段となる。

どういうことかというと、選手は自分ができること(自分の能力)の中でプレーをする訳であり、自分の技術やスキルが制約となる。練習をデザインする中で個人の制約はどのようなことがあるか、そしてどのようなゲームの文脈(プレー環境)の中で選手たちにプレーをさせるのかを考慮する必要がある。そして、スキルや状況判断を高めるためには必ずゲームの文脈を取り入れたトレーニングにしなければならない。

例えば、3バックを採用しているチームが四角形のパスコンをやるとする。そうするとパスを回す形はどちらかというと4バックに近い形となるため、実際の試合で使うコントロールの技術やパスの角度が違ってくる。これはゲームの文脈に沿っていないことになる。更に、対面パスの練習はゲームの文脈を取り除いた練習となるため、この練習からはどこに「どのようなコントロールをするか」というような文脈からの状況判断はなくなる。

ゲームの文脈がない練習で状況判断の能力を高めても、実際の試合では練習とは違う文脈で状況判断を求められるため、状況判断の質が伴わなくなってしまう。もちろん純粋に技術の向上を目指すのであれば、対面パスは1番高いパスの反復性があるので必ずしも悪という訳ではないことは理解するべきだ。

制約主導アプローチの影響

制約の操作

ピッチの面積が縮小すると技術的な実行の数が増加し、一方でピッチの面積が拡大すると選手の戦術的な行動が増加することがわかっている。

当然、ピッチが狭い方が1人あたりのタッチ数は増え、フィジカルコンタクトも増える。従って、SSGは技術の向上には向いていると言える。逆にピッチを大きくすればピッチ内にはスペースが生まれるため、オフザボール時間が増える。戦術的な動きやチームとしてコレクティブに行動することにアプローチしたい場合にはピッチを広げるとオフザボールの動きにフォーカスできる。また長い距離でのパスはピッチが広くないと実行できないことも頭に入れておきたい。

また、ピッチの寸法の操作がパス、ドリブル、シュートなどの行動オプションに影響を与えることも明らかになっている。例えば、ピッチを大きくすることでピッチ内のスペースを増やす操作はゴールからの距離のためにシュートの数を減少させ、パスのような安全な行動オプションの選択を増加させる。また、ピッチの幅が狭く、縦長のピッチの場合、より直接的なゴールに向かうダイレクトなプレーと長いパスが増加することが研究で明らかになっている。この事実は、ピッチの操作が技術的および戦術的な行動を制約する可能性があることを意味している。

サッカーの試合で選手が利用できるアフォーダンスは、特定の位置やチーム内の役割によって異なる。例えば、ディフェンダーは後方でプレーすることが多いため、彼らは自然と自分の前のエリアからゲーム関連の情報を得る可能性が高くなる。一方で、ミッドフィールダーの選手は360度から情報を取得する。実際にこれは認識の能力やスキャンの頻度がアフォーダンスに影響を与えるだけでなく、特定の位置や戦術的な役割が選手がアフォーダンスをどのように活用するかにも影響を与えることを示唆している。

ピッチ上のプレーヤーの数に関しては、多くのプレーヤーがいるほど、状況での判断が遅くなり、状況判断の精度が低下する可能性がある。なぜならピッチ内のプレイヤーが多ければ多いほど、認知する情報量(味方の位置、敵の位置、スペースなど)が増える。情報量が増えるということは情報処理に時間がかかり、また多くの選択肢の中から瞬間的な最適な選択肢を導き出さなければいけなくなる。従って、状況判断の精度が低下してしまいがちだ。まずは少ない人数から状況判断の導入を行い、慣れてきたら人数を増やして行ってみるなど、段階的に難易度を上げていくとより効果的なアプローチになるはずだ。

安定性と変動性

サッカーでは個人のアクションに対しては安定性が求められる。正確にパスを出せる、緩急を使ってドリブルで相手を抜き去ることができる、強いて精度の高いシュートが打てるなど、個人のアクションでは安定性が重要となる。これはcoordination(身体操作)に関わるもので、ゲームの文脈やプレー環境に適応させながら、個人のアクションの安定性を高めることで、より実用的な能力を身に付けることができる。

例えば、シュート練習ではパワフルで高い精度のシュートを打てるFWが、試合になるとシュートの質が下がってしまい得点が取れないという場合において、日頃の練習でゲームの文脈が抜け落ちている可能性がある。プレッシャーがかかる状況(DFがいる、シュートを打つ時間やスペースが少ない、継続的な動きからのシュート)で練習をできていないがために実用的な技術やスキルを養うことができていない可能性がある。そのため同じ動作を反復させてスキルや技術を身に付ける反復練習ではなく、プレー環境やゲームの文脈を設定して同じスキルや技術を繰り返させる『繰り返しのない繰り返し練習』は1つの解決策となるだろう。

一方でチームパフォーマンスを見た時には変動性や創造性が求められることもある。チームパフォーマンス(特に戦術面)において安定性は相手が対応しやすくなる。例えば、「ビルドアップでは必ずCFが中盤に降りてきて+1を作るという」パターンが決まっている際に攻略法を生み出すことは簡単で、中盤での数的優位を消されてしまった際には優位性は消されてしまうので別の解決策が必要となる。つまり、パターンのようなものは練度を高めやすいが、相手がパターンを理解した瞬間にそのアドバンテージは消えてしまう可能性がある。そのため、変動性や創造性、あるいはパターンの多様化が必要となる。

パフォーマンスの変動性や創造性を高めるためにはスキルトレーニング(状況判断を磨くトレーニング)が欠かせない。ゲームの中で常に最適な選択肢を選ぶことができれば、それは相手がどのように対応してこようがその先を行くことができる。戦況に応じて常に後出しジャンケンができる選手/チームは対応することが難しい。そのため日頃から状況判断やアフォーダンスを認知する・利用するスキルは習得しておきたい。制約主導型アプローチでは、プレーを実行するための共通の動きのパターンが存在しない練習でタスクの制約を加えることで、選手を最適な機能的な解決策を探求するように導く可能性があると言われている。

さらに、制約主導型アプローチを適用する上で、選手の疲労と感情、スコアや時間の経過などの個人の制約がパフォーマンスの変動性を引き起こすことを認識する必要があり、パフォーマンスの予測が難しいことも理解する必要がある。

制約主導型アプローチの3つの制約(タスク、環境、個別の制約)の中で、タスク制約の操作が最も一般的な手法だが、制約主導型アプローチを実施するには、指導者はサッカーに対する豊富な知識、ゲーム文脈、および機能的な調整動作と状況判断のスキルがどのように発展するかを理解している必要がある。同様に、指導者は練習の中で制約をどのように操作できるかだけでなく、選手の学習を促進するための重要な制約についても知っておくことも重要である。

注意点としては、様々なルールを採用したり、多くの制約を利用したりすることが、選手の意思決定の機会を制限する可能性があることは理解しておきたい。例えば、2タッチ制限、PA内シュート、パスは10本回してからシュート可能、全員が敵陣に入ってないとゴールにならない、シュートはダイレクトのみ、PA内にはドリブル侵入不可などなど、、。練習に制約を加えすぎて、選手がルールを理解できなかったり、アプローチしたい現象やスキルがボヤけてしまうことがある。

更に指導者がよく犯しがちなミスは制約によって直接改善点にアプローチをかけようとするケースだ。例えば、球離れが悪い選手に対して2タッチ制限を設けてアプローチするのは行動そのものを縛り上げていることになる。この場合に指導者が考えなければいけないのは「なぜその選手の球離れが悪いのか?(選択肢が見えてない、見えているけど決断が遅い、技術的な問題など)」ということだ。そして練習をデザインする際には球離れが速くなることによるメリットor球離れが遅いことによるデメリットを練習の中に取り入れることができると、プレー環境にその選手は適応しようとして球離れが速くなるはずだ。

従って、制約主導型アプローチはチームと個人のパフォーマンスを向上させる選手中心の効果的なペダゴジカルアプローチだが、指導者は十分な知識を持ってトレーニングを設計し、効果的にセオリーを現場に適用する必要がある。

この記事が参加している募集

サッカーを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?