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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第6話 姉様(10)

 ナギの刀が珪石蜥蜴の手足を切り裂く。
 もう何匹切ったのかも覚えていない。
 しかし、ナギからは微塵の疲れも感じなかった。
「それから俺は屋敷での仕事を終えてから鍛錬場に通う日々を続けた」
「バードワークだねえ」
 水の槍で珪石蜥蜴をいなしながらウグイスは感嘆の声を上げる。
「そうでもない。姉様の為を思えば苦など一つもないからな」
 アケは、鍛錬場に出掛けるナギの為にいつもお弁当を作ってくれた。相変わらず表情にも声にも抑揚はなかったが、お弁当からはその優しい気持ちが感じられていた。
「それから1年ほど修業して武士の試験に合格し、実績を重ねて近衛大将になった」
 簡単に言うがそれがどれだけの異例で偉業かは武士でもないウグイスにも理解出来た。
「嫉妬されたんじゃない?」
 形跡蜥蜴の腹に水の槍を突き刺し動けなくする。
「知らん。したい奴はすればいい」
 ナギは、襲いくる珪石蜥蜴を捌き、ルーティンのように手足を落とす。
「それに大したことではない。結局、俺は一番大事な時に姉様の側にいなかったのだから」
 近衛大将になってしまうと都に常駐することが原則になってしまう。そうなるとアケの側にいられなくなる。
 それだけはどうしても嫌だった。
 ナギは、近衛大将を断ろうとするがアケにそれを嗜められる。
 
「貴方は誰の為の武士なの?」
「姉様の為の武士です!」
 それだけはアケに言われても譲らない。
「そうね。なら私が望むことには逆らわないわね?」
 蛇の目がナギを見る。
 その時、ナギは初めてアケの感情の動きを感じた。
「私が望むのは貴方が国の民を守る為に働くことです」
 緑の甲冑に身を包んだナギの肩にアケは手を置く。
「近衛大将になりなさい。そして国民を守る為に働きなさい。それが私からの命です」
 揺るぐことのない蛇の目。
 ナギは、その場に膝を付き、「御意」と返答することしか出来なかった。
 
 それからのナギの活躍は目覚ましかった。
 国を守る為に縦横無尽に飛び、国を害するものを駆逐し、その戦う姿はまさに大将に相応しいものだった。
 そして白蛇の国の最高位"朱"を冠し、名実ともに最高最強の武士へとなった。
 しかし、ナギの中ではいつまでもアケの武士であった。

「なのに俺は姉様の側にいられない。俺は姉様の武士なのに」
 あの時だって遠征など無視してアケの側にいれば良かったのだ。いや、近衛大将など引き受けなければ良かったのだ。
「アケは恨んでなんかないよ。むしろ喜んでた。ナギが立派になってくれて嬉しいって」
「知ってるさ。姉様の気持ちなんて。そして・・姉様は猫の額ここに来れて良かったんだってことも」
 遠征から戻り、都の有様に驚愕した。
 そしてアケが金色の黒狼の嫁に出されたと聞き絶望した。
 アケを助けようと官職達の命令を振り切り、ナギは猫の額へと向かった。金色の黒狼と差し違えても姉を救う。そう思っていたのに・・・。
「姉様は・・・笑っていた」
 猫の額に降り立ったナギを迎えたのは一緒に暮らしている時に一度も見たことなかった笑顔のアケだった。そしてその側には金色に輝く黒狼の姿が。
 その姿はとても仲睦まじく、ナギに入っていくことは出来なかった。
「失恋かあ」
 ウグイスは、ポンポンッとナギの肩を叩く。
「そんなんじゃない!」
 ナギは、乱暴にウグイスの手を弾く。
 しかし、その剣幕から図星であることは明白だ。
 ウグイスは、ニヤニヤとナギの背中を見た。
 ナギは、誤魔化すように咳払いする。
「姉様はここに来れて良かった。だからと言って安心出来ない。いつ邪教が狙ってくるか分からないんだ」
 もうあの時のような絶望を味わいたくない。
 アケにだって味合わせたくない。
「だから俺が姉様を守るんだ」
 そう叫び、ウグイスを見る。
 ウグイスからは揶揄うような笑みが消えている。
 そして考え込むように顎を摩る。
「その事なんだけどさ・・」
 今までと違う真面目な口調にナギは戸惑う。
「邪教って・・本当にアケを狙ってるの?」
 こいつは一体何を言ってるのだ?
 ナギは、明らかに不愉快な表情を浮かべる。
「アケやあんたの話しから察するとさ、百の手の巨人ヘカトンケイルって邪教ってにとっては涎が出るくらい欲しいものなんでしょ?」
 珪石蜥蜴がウグイスの後ろから襲い掛かる。
 ウグイスは、素早く魔法陣を展開し、水の槍を作り、珪石蜥蜴の腹を突き刺す。
「当たり前だろ!」
 ナギの刀が回転し、左右から迫る珪石蜥蜴の前足を切断する。
「なのに赤ん坊からここに来るちょっと前まで一度も襲って来なかったんでしょ?つまり18、9年くらい。それっておかしくない?赤ん坊に人体実験するようなカルト教なら直ぐに奪い返そうとするはずよ」
 珪石蜥蜴を地面に串刺す。
「それは奴らにバレないように細心の注意を払って隠してたからだ」
 全ての足を切られた珪石蜥蜴が腹這いに倒れる。
 ウグイスは、目を丸くする。
「本気で言ってる?」
「なに?」
「寺の孤児から世話係を募集したり、住み込みでもなく日替わりで武士や給仕が入れ替わってるのに情報が漏れないって本気で思ってる?それこそ10年以上も」
 ナギの表情が強張る。
 確かにその通りだ。
 何故、その考えが今まで及ばなかったのだ?
「し、しかしついこの間、邪教が襲ってきたのだろう?それだって・・・」
「2人だけね」
「んっ?」
「本当にアケを手に入れたいなら2人だけで来るわけないでしょ?相手は金色の黒狼よ」
 金色の黒狼。
"災厄"の名を冠する白蛇や青猿と並ぶ伝説の存在。
「そいつらはきっと単独で動いたのよ。私利私欲の為なのか、邪教の為なのかはもう分からないけど少なくても邪教本体としての意思ではないはずよ。あまりにも杜撰過ぎるもの」
 彼女の話しは単なる憶測だ。何の裏付けもない。
 しかし、それを否定するにはあまりにも筋が出来ている。
「これはあくまでも私の考えなんだけど・・邪教の目的はアケじゃないのよ。いや、正確にはアケは何かの目的の為に必要な時だけ利用されてるのよ。爪を切った後のヤスリみたいに。無くても困らないけどあれば便利なような」
 ナギだって爪を切った時にやすりがけくらいはする。そうしないと刀を強く握った時に食い込んだり、引っかかったりする可能性があるからだ。しかし、必ず必要かと言うとそうではない。そこにヤスリがあったら掛ける。その程度だ。
 問題なのはアケがそんなものと同じ扱いかもしれないと言うことだ。
 
 あれば便利。
 なくても困らない。

 もし・・・もしそれが事実だとしたら・・。
「姉様・・・」
 ナギは、呆然と呟く。
 左目から涙が薄く溢れる。
 しかし、話しをするのはここまでだった。

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