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エガオが笑う時 間話 とある少女の視点(3)

 もう辞めよう。
 そうは思ったけど現実として働かなければならず、ここメドレーより良い給金が貰えて好条件で働けるところなんてない。
 私は、心を固くして働く決意をすると、そろそろ彼女が出る頃だと思い、浴場に向かった。先輩達からは呼ばれた時だけ行けばいいと言われたがあの冷たい女が機嫌を損ねて働けなくなる方が大変だ。
 私は、「失礼します」と声を掛けてから浴場に入り、絶句する。
 脱衣場で彼女は、一糸も纏わぬ姿で立っていた。
 特に何をするわけでもない。
 ただ、ぼおっと宙を見上げて立っていた。
「あのお・・エガオ様?」
 私は、恐る恐る声を掛ける。
 すると、彼女は私がいたことに今気づいたように水色の目を大きく開ける。
「えっと・・・マナ・・だったかしら?」
 彼女は、辿々しく私の名前を口にする。
 私は、小さく頷く。
「何を・・されてるんですか?」
 戦士特有の精神統一か何かだろうか?
 しかし、彼女の口から帰ってきたのは予想もしないものだった。
「乾かしてるの」
「えっ?」
「このまま服を着たら気持ち悪いでしょ。だから乾かしてるの」
 私は、絶句する。
 彼女は、何を言ってるのだ?
「タオルは?」
 私が聞くと彼女は首を傾げる。
 私は、彼女の足元に脱ぎ捨てられた鎧下垂れを見る。
 血に塗れたままの。
「まさかこれを着るんですか?」
「これしかないもの」
 私は、心臓の鼓動が速くなるのを止めることが出来なかった。
 彼女は、本気で言っているのだ。
 タオルなんて知らない、と。
 着替えなんてない、と。
「待っててください!」
 私は、急いで浴場を出て先輩達にタオルと彼女に合う服がないか訪ねた。
 タオルは直ぐに見つかったが女の子用の服なんて存在せず仕方なく予備の鎧下垂れとサイズの小さな男物の下着を持って彼女のところに戻った。
「これを使ってください!」
 私は、タオルを渡すが彼女は首を傾げるだけ。
 苛立った私は「失礼します」と頭を下げ、弟達を拭くように彼女の髪と身体を拭いた。
 彼女は驚いた顔をしながらも私にされるがままだった。
 男物の下着を履くのにも抵抗もせず、鎧下垂れを後ろ前に着ようとしたので慌てて直した。
「座ってください」
 私は、彼女を丸椅子に座らせ、先輩の1人に借りたブラシで彼女の髪を梳かしていく。
 14、5の女の子とは思えないくらいに痛み、固く、そして重い。教会の妹達の方がまだ清潔で手入れが行き届いている。
 なんなの・・?
 ここは彼女を、戦争の立役者とも言える彼女をなんだと思ってるの?
 彼女は、綺麗に解れた髪を触りながらきょとんっとした顔で私を見る。
「・・ありがとう」
 彼女は、小さい声で私に言う。
「お風呂って血の匂いを取るだけじゃなかったのね」
 そう呟いた彼女は笑顔こそないけれどとても可愛らしかった。
 その時、私は分かってしまった。
 何故、両親が彼女をあんなに気にかけたのか。
 彼女は王国の戦力として扱われたが、1人の女の子として扱われることはなかったのだ。
 その日から私は彼女が浴場に入る時は必ず付き添うようにした。

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