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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(2)

 王国と帝国の騎士崩れが手を組む?
「そんなことあり得るのですか?」
 敵対し、命を取り合う姿は想像できても手に手を取り合う姿なんて想像も出来ない。
 私は、疑問を口にしつつも実際にその現場を目撃している。
 マナを連れ去る王国の騎士崩れを帝国の魔法騎士が助けに現れる姿を。
「私達も今だに半信半疑だよ」
 そう言ってグリフィン卿はソファの背もたれに寄りかかり、両腕を組む。
「怪しいと思われ出したのはちょうど1ヶ月前、黒い獣事件が始まった辺りだ」
 黒い獣・・。
 私の脳裏に変わる果てたマナの姿が浮かぶ。
 グリフィン卿は、白いカップに手を伸ばし、アップルティーを口に付ける。
「騎士崩れの一部が徒党を組み、反乱テロリストを行う計画を立てていると言う情報が手に入った」
 そのこと自体にはグリフィン卿もメドレーも驚かなかったと言う。
 元々騎士は徒党を組む、つまりは集団戦を得意としている。つまり1人よりも大勢で行動したがる癖がある。だから、いずれは組織化して何かを企むと言うことは視野に入れていたのだ。……
「我々は、騎士崩れがアジトにしている場所を突き止め、奇襲をかけた。幸い騎士の中でも下級であったものしかおらず、制圧は簡単だった。しかし、問題は制圧した後に残ったものだ」
 アジトの中にはたくさんの武具が転がっていたと言う。
 剣、大剣、騎士槍ランス、斧、弓矢、鎧に盾、騎士の標準装備と呼ばれるものが豊富にあった。
 騎士の位を剥奪され、武具も財産も没収されたのに、だ。
「驚く私達はさらに驚くものを発見した」
 グリフィン卿は、上官に目配せする。
 上官は頷くと、一枚の銀貨を取り出して私の前に置いた。
 なんの変哲もない銀貨。
 しかし、そのレリーフに彫られていたのは大きな角を生やした山羊であった。
 私は、目を瞠る。
 私の反応にグリフィン卿は、目を細める。
「知っているのか・・」
「・・・お客様の1人が支払いの時に使われました」
 私は、咄嗟に嘘をついた。
 これはマナがケーキを買う時に持っていた大量の銀貨であった。
 私は、心臓が激しく高鳴るのを抑えられなかった。
「既に一般にまで流通していたか」
 グリフィン卿は、嘆息し、目を閉じる。
「厄介ですね」
 上官は、唇を苦々しく噛む。
「この銀貨は一体?」
 私の質問にグリフィン卿は、片目だけを開けて答える。
「これはな。帝国の銀貨だよ」
 私は、驚きに言葉を失う。
「リヒト王子と帝国の姫君が婚姻されたのをきっかけにどちらの国の硬貨も使えるようになったのだ。銀の価値は変わらんからな。問題なのは制定が下りたのが1ヶ月前。流通したばかりなのに騎士崩れ達が大量に銀貨を保有していたことだ」
 グリフィン卿は、苛立ちに声を上げる。
「こんなことは帝国と騎士崩れどもが手を結んでいなければ有り得ないことだ」
 グリフィン卿は、自らを落ち着けるためにアップルティーを飲み、次の言葉を上官が引き継ぐ。
「私達は、警察と協力し合い、銀貨の入手経路を探りました。その結果、王国と同じように騎士の位を剥奪された帝国の騎士崩れが王国に流れてきていることまでは掴んだのですがそれ以上のことは分からなかった」
 その時の事を思い出してか、上官は悔しそうに歯噛みする。
「しかし、一週間前、ついに事件は進展を迎えました。そのきっかけが黒い獣事件です」
 黒い獣に襲われた事を覚えているという猫の獣人の少女、チャコのお姉さんの証言があり、都市伝説に近かった黒い獣事件が進展した。
 しかし、それ自体はメドレーに取っては一つもめでたいことではなく、騎士崩れの件で忙しいのに余計な仕事を増やしてと言う恨みの方が大きかったと言う。
 それでも国の自警組織を担っている以上、警察の協力をしない訳にはいかない。上官は数名の部下を率いて捜査に当たった。
「そこで浮上してきたのがあの元従者の娘ですよ」
 私は、口の中が乾いていくのを感じた。
 手が震えるのを必死に抑える。
「黒い獣が現れたとされる日、その事件現場近くで彼女の姿が必ず目撃されていました。それも事件発生の1時間も前にです」
「でも、それだけでマナと決めつけるのは・・」
 私は、反論しようとするが上官は冷たく私を睨みつける。
「結果はもう分かってるでしょう?」
 何を言っているのだと小馬鹿にするようにふんっと鼻息を立てる。
 私は、両手でスカートの裾を握る。
「それに見かけただけで決めつけたのではありません。しっかりと捜査した上でです」
 マナが怪しいと感じ、メドレーは徹底的にマナを探った。
 正直、その間にマナが妙な行動をしたり、怪しい人物とあったりしたことはなかったと言う。それでもメドレーや警察がマナを重要参考人としたのは・・。
「彼女が持ってきた大量の帝国銀貨ですよ」
 マナは、何か買い物をする度に帝国銀貨を使って購入していた。
 12歳の少女がとても得る事の出来ないような大量の銀貨を持って。
 彼女は、帝国の騎士崩れとなにかしらの繋がりがある、それだけでなく黒い獣事件とも何かしら関係している、そう思わせるに十分な状況が揃っていた。
「まさか彼女自体が黒い獣とは思いませんでしたけどね」
 上官は、苦笑する。
 私の脳裏に変貌したマナの姿が浮かぶ。
「アレは一体なんなのですか?」
 獣人が巨大な獣に変身するだなんて聞いたこともない。もし、そんな能力があるのならとっくの昔に戦争に使われている。
「さあ、知りません」
 上官は、肩を竦める。
「それを調べようとしたら貴方に邪魔をされたので」
 そう言って侮蔑の笑みを私に向ける。
「貴方さえ余計なことをしなかったらひょっとしたら事件は解決していたかもしれないのに・・・」
 確かにそうかもしれない。
 私があの場にいなかったら、余計な事をしなかったらきっと事件はもっと進展していたのかもしれない。
 だけど・・・。
「もし・・・」
 私は、上官を見据える。
「もし・・・私があの場にいなかったらマナをどうするつもりだったんですか?」
 私の質問に彼は心底呆れた表情でため息を吐く。
「貴方は本当に腑抜けですね」
 侮蔑どころか憐憫のこもった目で私を見る。
「捜査に協力してもらうに決まってるじゃないですか。国の平和の為に・・・」
 一見、穏やかに聞こえる言葉。しかし、その言葉の裏を読めないほど私は馬鹿ではない。
 もし、私がいなかったらこの男はマナを・・。
 私は、胸中に怒りが湧く。
「止めろイーグル」
 グリフィン卿が鋭い眼光を上官に向け諌める。
 グリフィン卿に睨まれ、イーグルと呼ばれた上官は身をすくませ、口を閉じる。
 グリフィン卿は、私に視線を向け、小さく頭を下げる。
「不快な思いをさせてすまなかったな」
「いえ・・・問題ありません」
 私は、小さな声で言う。
 グリフィン卿が間に入ってくれた事で怒りが小さくなる。
「だが、あの娘を捕獲出来なかったことで再び手詰まりになってしまったことは事実だ」
 グリフィン卿の目が薄く揺らめく。
「どうだエガオ。メドレーに戻って捜査に協力してくれないか?」
 グリフィン卿が前に身を乗り出す。
 イーグルがまた始まったと顔を顰めて額に手を当てる。
「それは・・・」
 私は、口を開きかけるも否定の言葉を口にすることが出来なかった。
「お前が協力してくれればあの娘に起きていることの解明にも繋がり、助ける事だって出来る。お前にとっても良いはずだ」
 頭の奥で穏やかに笑うマナの顔が浮かぶ。
 そして戦場で亡くなったマナの両親の姿も・・。
「お前だって救いたいだろう?あの娘はお前の事を本当に慕っていたからな。お前が助けてくれる事を待っているはずだ」
『エガオ様〜』
 朗らかに笑うマナ。
 私を心配して泣きそうに顔を歪めるマナ。
 私と再会して心から喜んでくれたマナ。
 そして両親と一緒に幸せそうに笑うマナ。
 私が奪ってしまった幸せを謳歌するマナ・・。
 私は・・・マナを・・。
 グリフィン卿が私の肩当ての上に手を置く。
 強く、そしてどこか切なく訴える目で私を見る。
 この人もそんなにもマナを救いたいのだろうか?
 私は、唇を震わせて言葉を紡ごうとする。

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