「自分の創りたいものを創ることに没頭する」

梅雨はやはり疲れる。
早く梅雨明けしないかと調べてみると、西日本は「23日(火)」頃から、東日本は「24日(水)」頃から晴れの天気が続くため、そのまま梅雨明けする可能性もあるとのこと。
あと少しの辛抱だ。

人生の振り返り

僕は夜中に急に目が覚め、そこから考え込んでしまって、なかなか寝付けなくなることがある。
まさに今日がそんな日だった。

今日はこれまでの人生の振り返りと(人生に対する)自己採点をしてみた。
これはたまにやるのだけど、子供の頃の記憶があるときから今現在に至るまで、ざっくりと起きた出来事を振り返っていく。
人生には心電図の波形のように、上がり下がりがある。その一つ一つの出来事を覚えている範囲で見直していく。
その時の自分は、まるで「他人の人生を横からのぞき込むような感覚」になっている。

生への執着の無さが自分の人生への客観性を持たせる

僕はどこか自分の人生に冷めているというか、他人事のように(自分の人生を)見ている所がある。
その理由について考えてみたのだけど、たぶん「生への執着の無さ」がそうさせるのではないか、と考えた。

昔ダウンタウンの松っちゃんが「痛みや恐怖等なく、スイッチ一つで死ねるなら、死ぬことはこわくない」みたいなことを言っていて、僕はそれにとても共感したのを思い出した。僕はゲームのように、スイッチ一つで「自分の冒険の書」を消せるなら、死ぬこと自体はそんなにこわくないと考えている。

この「生への執着の無さが自分の人生への客観性を持たせる」のかもしれない。

誰かが欲しがっていたものを自分が欲しがっていたものだと錯覚し、それを手に入れるために生きてきたのかもしれない。

話を戻す。
今日の夜に起きてしまった僕が、自分の人生を振り返った結果なのだけど、基本「自己採点は低めの結果」に終わった。
楽しい出来事は沢山あったはずなのに、実際は大したことがなかったのだろうか。

ずっと憧れ続けていたものを手に入れた時や、何か目標にしていたことを達成した時等、様々な「良い出来事」があったはずだ。
だけれど、こうやって振り返ってみると、その出来事に対する採点は思ったよりもかなり低かった。というか、心電図の波形でいうと上がり下がりがなく、平たんなイメージ。言い換えるなら「可もなく不可もなく」といったものばかりだったように思う。

「え、こんなものなの?」と自分でも驚いたのだけど、事実として高得点は取れていないのだから、そういうことなのだろう。

もしかすると「自分が憧れていたものは、誰かが憧れていたものだった」のかもしれない。
「誰かが欲しがっていたものを自分が欲しがっていたもの」と錯覚し、それを手に入れるために、これまで懸命に生きていたのではないだろうか。

表現は自己救済

でも、これまでの人生で高得点をたたき出した出来事がないわけでもない。
唯一得点が高かったのが、「自分が主体的にアウトプットしたもの」だった。
(出来事とは言わないかもしれないけれど、何かを主体的にアウトプットしたもの、そのために頑張っていた期間も含め、それらは自分の中で評価され、肯定されていた)

わかりやすい例でいうと、自分が運営している寄付サービスだ。これはかなり得点が高かった。
大して結果も出ていないのに、とても評価が高かったので、(人生の自己評価に)結果は関係ないようだ。

これは会社も関係なければ、誰かに指示されて作ったものでもない。自分が作りたいから作っただけ。その主体性がポイントな気がする。
一方で、サラリーマンとして指示され、言われるがままにアウトプットしてきたものについては、採点対象にさえ入らなかった。

「仕事が代替可能である」時点で、採点対象外となっているらしい。

これは大きな学びになった。(自分の話なのに、変な表現だけれど)

で、これらについて更に考えてみたのだけど、結局これは「表現は自己救済」という話に近いような気がしてきた。
表現したいことを表現すること、アウトプットすることを通じて「自分が救われるような感覚」になる。「表現することが自分の人生を肯定」するのだろうか。
(「お前、なに、才能ある人みたいなテンションになってるんだよ。」と自分に対するツッコミが、今この瞬間にあふれ出てくるのだけど、いったん今は無視しようと思う。言うまでもなく自分に才能があるとは微塵も思っていない。。)

このnoteだってそうなのかもしれない。表現を通じて、自分を救い、肯定している。でも一つのnoteを書くのに毎日30分~90分位の時間しか費やしていないため、気軽に表現できる分、救済量も少ない気がする。
そうではなくて、一つのテーマに最低10000万時間位使ってはじめて「それなりの救済量」になるのではないだろうか。
(「救済量ってなんだよ」というツッコミはさておき)

やる気がでてきた

と、ここまでいろいろ考え、書いてきたけれど、今僕は少しポジティブになっている。少しやる気が出てきた、自分の人生に対して。

パレートの法則じゃないけれど、「自分が自分の人生の評価を高めるための20%」を特定しかけている気持ちになれたからだと思う。

「自分の創りたいものを創ることに没頭する」。自分の人生を豊かにするのに、これに勝る方法は見つかる気がしない。


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ダッチ

SIer企業に勤務しながら、寄付を集めるためのWEBサービスをステルスで運営しています。「倦まず弛まず屈せず」をテーマに毎日必死です。

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