深夜の公園


 いま私は、この文章を公園で書いている。午前三時、深夜と呼んで差し支えはないだろう。近所の自動販売機で買った紙パックの小岩井ストロベリーを飲みながら、すべり台のうえに座って書いている。小岩井ストロベリーは名称としては清涼飲料水であり、にせもののいちごミルクとしては程よく薄く、甘い。

 さっきまで尾崎一雄の「擬態」という短編小説を読んでいた。「擬態」は、文庫では新潮文庫の『暢気眼鏡』と講談社文芸文庫の『美しい墓地からの眺め』くらいにしか収録されていない筈だ。古書特有の甘い匂いを放つ新潮文庫版で読みながら煙草を喫っていたのだけど、半分ほど読んだところで鍵と財布とスマートフォンだけ持って公園に来てしまった。これなら文庫本くらい一緒に持ってくればよかったと思いつつ、この文章を書いている。

 尾崎一雄の小説には、夜の話の多い気がする。著者自身深夜に執筆している、と小説のなかで書いているからだろうか。「猫」で著者と妻の芳枝こと芳兵衛の寓居に愛らしい子猫が遊びに来るのも「擬態」で寝惚けた芳兵衛が甘いものをねだるのも「灯火管制」で防空演習のさなか金の工面をかねて夫婦で散歩をするのも、どれも夜の出来事だ。
 尾崎一雄の小説をよんでいると、いろいろなことがどうにでもなるような気がしてくる。愛らしく、底抜けに明るい芳兵衛の魅力に因るところは多いうえで、失態も無様も巧まざる飄然さで綴る筆致は見逃せない。なお「灯火管制」は新潮文庫の『暢気眼鏡』には収録されていないが、第5回芥川龍之介賞を受賞した砂子屋書房初刊の同題作品集には収録されている。岩波文庫の『暢気眼鏡・虫のいろいろ 他十三篇』で読むことができる。

 などと言うことを書いているうちに、小岩井ストロベリーはとうに飲み終えて、誰もいない公園で所在なさげにすべり台のうえに座ったままだ。『夜の公園』や『深夜の散歩』という書名がまっさきに浮かびそうなところを、結局のところ考えているのは読みかけの小説のことで、帰ってもう一服したら残りを読んで眠りに就こうと思う。

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