守衛の犬

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守衛の犬

いまのところは何かしらを編集する動物。読書にまつわる文章を書いてます。dadada.dagda@gmail.com

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一冊の詩集

 書名も著者の名前さえも知らない本を手に取るのは、偶然と必然どちらの賜物だろう。  かつて、みずからが無邪気さを具えているとは露ほども思いはしなかった程度には無邪気であった少年時代が、私にもある。当時からすれば、何も知らないままに一冊の本を手に取ることはめずらしくはなかった。タイトルが気になったから、装画が目に止まったから、それら事故のようにして出会った本はいくつもある。しかし、生煮えの知識がつきはじめると半可通に陥るのはめずらしいことでもなく、時に知識が贅肉のように纏わりつ

    • 十七音の視線のひろがり 山岸由佳『丈夫な紙』(素粒社)一句鑑賞

       今年の初夏に京都でひとに薦めてもらって、山岸由佳という俳人の句集『丈夫な紙』(素粒社)を読んだ。歌集とくらべると句集を読む機会はすくないので、俳句という形式が有する表現そのものへの発見や気づきばかりに意識が向いて、まだ振り回されている感じがする。  たとえば後半の「鳩のゆめ」という章のなかで「春日部さくら霊園八句」という詞書が置かれたうちの二句目に、こんな句がある。  この句に私は不思議なほど惹き付けられて、頁を繰る指さえ止めて確かめるように繰り返し味読した。  鳥の鳴く

      • 飛翔への希求 佐藤弓生『薄い街』(沖積舎)一首鑑賞

         東直子『春原さんのリコーダー』(本阿弥書店)の栞には、穂村弘による「無限喪失/永遠希求」という文章が寄せられている。ちくま文庫版には本文巻末に、穂村弘の単著では『短歌という爆弾』(小学館文庫)にも収められているこの文章は、東直子という歌人を論じるにあたって重要な文章のひとつだろう。何より「廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て」という一首を引いての鑑賞には非の打ち所がない。優れた鑑賞は創造性を帯び、一個の作品となる。  穂村弘の「無限喪失/永遠希求」に触発

        • 口の花火を耳から(日記の練習)

          2023年7月30日(日)の練習  FUJI ROCK FESTIVAL '23の二日目に出演した長谷川白紙のライブがSNSで話題になっていたので、参加したひとがアップロードした動画をいくつか見る。長谷川白紙の楽曲の感じ、変拍子やポリリズムを多用するしライブ(とくにそれほど詳しくない参加者もいるであろう音楽フェス)でもりあがるかしらと思っていたけど、そんなことは門外漢の杞憂だった。映像演出も凝っていて、撮影された動画で見ても楽しさがつたわってくる。  ひさしぶりに聴きたくな

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        一冊の詩集

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          御茶ノ水橋で橋上の人となる(日記の練習)

          2023年7月29日(土)の練習  東京古書会館「中央線はしからはしまで古本フェスタ」二日目(最終日)に行く。明け方に寝たので起きた頃には夕方だろうと思っていたのに、九時前にすっと起きてしまったので、二度寝は諦めてお昼前には神保町へ。  一日目(初日)は金曜日開催にもかかわらず開場前からひとが殺到したそうで、夕方にはほとんど空っぽの棚もあったようだ。いくつかの古書店は朝から本を補充した旨の投稿をX(まだ慣れない)にしていたので、それらの写真を見ながら電車に揺られる。  二日

          御茶ノ水橋で橋上の人となる(日記の練習)

          カステラ工場のある街(日記の練習)

          2023年7月28日(金)の練習  知り合いの方と、そのひとが教えてくれた中目黒のお茶屋で会う。住宅街のなかをすこしはいったところで営まれていて、一階は茶器や和食器を取り扱っているから、一見して二階に喫茶があるとは気づきにくい。席に着くと、お冷やのかわりに水出しの緑茶をだしてくれる。これからして、とても美味しい。  冷やしぜんざいと昆布茶をいただきながら、お互いの近況などを話す。性懲りもなく青柳瑞穂の骨董随筆を薦めたら、はじめて会った頃にも同じように中谷宇吉郎の随筆を薦めた

          カステラ工場のある街(日記の練習)

          光の暴食(日記の練習)

          2023年7月27日(木)の練習  朝、あまりの暑さに駅にむかって通り抜ける路地の端で鼠がのびていた。四肢をだらしなく方々にのばしていて、もしかして車に轢かれでもしたかと思ったが、瞳はきょろきょろと動いている。鼠さえのびてしまう暑さよ、と駅までの道を歩いていたが、よく考えると鼠ののびていた場所はクリーニング店の裏口で日陰になっていた。ただ涼んでいただけなのかもしれない。  蔵前のCielo y Rioで友人とお昼を一緒にする。ランチタイムはやや過ぎていて、勤め人よりは家族

          光の暴食(日記の練習)

          次の一夏(日記の練習)

          2023年7月26日(水)の練習  明日の仕事で気もそぞろで、仕事のことで仕事が進まない。  米川千嘉子『一夏』(河出書房新社)を読み終える。格式ある文語体と強靭な修辞力に圧倒される歌集。そのうえで甘やかな詩的世界を仮構するのではなく、生活から目を逸らさない姿勢が、いくつもの秀歌を生んでいた。歌集を読んで居住まいを正されたのは、もしかしたらはじめてかもしれない。あとがきのかわりに巻末に付されている「郭公」というみじかい文章の結びもよかった。  かねてより優れた歌を詠むひと

          次の一夏(日記の練習)

          パイナップル恋歌(日記の練習)

          2023年7月25日(火)の練習  気の遣う連絡をえいやと昨日いくつか送ったら、その返事が各方面からまとめて打ち返されてきて、気遣いの二ターン目にはいった。  駅前のNEWDAYSでDel Monteのカットパイナップルが売っていて、思わず買ってしまう。先月風邪をひいて臥せっていた時、動けるうちにと消化によさそうなフルーツゼリーをいくつか買ったのだが、普段は買わないパインゼリーを買ったらそれが想像以上に美味しくて、今更になってパインに開眼してしまった。  私にとってのパイ

          パイナップル恋歌(日記の練習)

          青い鳥がいなくなった日(日記の練習)

          2023年7月24日(月)の練習  twitterがXになった。

          青い鳥がいなくなった日(日記の練習)

          購った本のことしか話したくない(日記の練習)

          2023年7月23日(日)の練習  秋葉原のブックオフに行く。ひさしぶりに収穫が多い。  いちばん嬉しかったのは『青山二郎全文集(下)』(ちくま学芸文庫)。昨年、秋葉原のブックオフで上巻だけ購入して以来、一年半かけてようやく下巻の単品に巡り会えた。それが同じ店というのは縁を感じる。そもそも昨年の冬の日、先に新宿で下巻を見つけたのがよくなかった。数日後に秋葉原で上巻を見つけて、これで上下巻が揃うと踏んで上巻を購入して新宿に行ったら、既に下巻はなくなっていたのだった。下巻自体は

          購った本のことしか話したくない(日記の練習)

          再読と満腹(日記の練習)

          2023年7月22日(土)の練習  中学生以来、北村薫『夜の蟬』を再読する。読み返してみると、当時は気づかなかった語り手である〈私〉の心情の揺れや機微に改めて気づくことも多く、楽しい。  主題に呼応するよう随所に仕込まれたモチーフの転がし方、それに日常への観察にねざしたささやかな謎と解決で、ほとんどドラマチックなことが起こらないなか中編の分量を読ませるのだから、この巧みさは脱帽するほかない。むしろ、ドラマチックなことを起こさない意志を強く感じる。  友人とふたりで、立川の

          再読と満腹(日記の練習)

          本を読むひとたち(日記の練習)

          2023年7月21日(金)の練習  行きは大岡昇平『野火』を、帰りは沼正三『家畜人ヤプー 第二巻』(幻冬舎アウトロー文庫)を読んでいるひとをそれぞれ見かける。『野火』は背に図書館のシールが貼られてあって、新書判の見たことのない版だった。『野火』は文庫版だけでも知る限り品切を含めて四つは版がある。三年前に神奈川近代文学館の「大岡昇平の世界展」を見た時、展示されていた文芸誌〈展望〉1951年1月号に掲載された連載第一回の冒頭と持ち歩いていた講談社文庫版の冒頭を読み比べたらかなり

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          他愛のない空腹(日記の練習)

          2023年7月20日(木)の練習  九州に住んでいる友人(交換日記のメンバーでもある)が他愛ないメッセージを送ったあと「こういうのを日記で書けばいいのか!」と天啓を得ていた。その通りだと思う。しかし、この他愛ないけど聞くとちょっとくすっとなる話を濃縮還元して文章に落としこむのが難しい。  くどうれいん『桃を煮るひと』(ミシマ社)をようやく読み始める。日記を書き始めて改めてエッセイを読むと、文章としての巧みさを実感する。お腹がへる。  毎月二十日はカレーの日だけど、帰りが

          他愛のない空腹(日記の練習)

          瓦礫の音(日記の練習)

          2023年7月19日(水)の練習  近所の家が解体工事をしている。私の部屋にも音が届く。  朝はそれほどはやくないので、最近は目覚まし時計の音よりも先に朝八時から始まる工事の音で目が覚める。  かつて家のあったその場所を夜になって通ると、住宅地のなかをいったいどのようにしてはいってきたのか、それほど広くない敷地面積のなか瓦礫のなかに重機が置かれている。動いていない重機は、いつもどこか眠っているように見える。器用にアームを振って破壊していく重機の姿を想像する。  アントン・チ

          瓦礫の音(日記の練習)

          鹹湖(日記の練習)

          2023年7月18日(火)の練習  夜、九州に住む友人から「鹹湖」の読み方を訊ねられる。「鹹水」という言葉もあるし「かんこ」ではないかと返すと、塚本邦雄の歌集『水葬物語』を読んでいたらでてきたという。  遠い鹹湖の水のにほひを吸ひよせて裏側のしめりゐる銅版畫  辞書を引くと鹹湖すなわち塩湖とある。第一回高村光太郎賞を受賞した詩人の会田綱雄にも『鹹湖』という詩集があるらしい。  どういう評釈があるのだろうとインターネットで検索すると、北海学園大学人文論集に掲載された菱川善

          鹹湖(日記の練習)