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あたまの中の栞 - 霜月 -

 本当に11月は私にとって鬼門となる月だった。たぶん、これから何十年と生きていく中でそれは単なる一コマなんだろうけれど、きっとあの時の自分が目の前にいたらピシャリと頬を叩いて正気に戻りなさい!と言うはずだ。残念ながら、過ぎ去った時間は戻ってくることがない。

 ちなみに、これはもしかしたら好みの問題なのか、はたまた私が単純に慣れていないだけなのかはわからないが、個人的に今のnoteの仕様はあまり好きではない。ルビを振れるようになったところまでは良いのだが、どうも機能が多過ぎる。何事も、シンプル・イズ・ザ・ベストでございますよ。

 あーあ、1ヶ月私は無駄にしちゃったかもしれないなーと思いつつ。何かひとつのことに縛られ続けるほど虚しいものはない。そんな時はポイ、と一度空に向かって放り投げてみるものよ。そうすればふわりと体が軽くなるからさ。私はひたすら背伸びをして、芝生の上をごろごろ回ると、秋の衣替えが終わった芝が身体中にまとわりついた。

 落ち込んだ時は、ひたすら文字を追う。思わず気がそがれそうになる時は、無理矢理今現実とは異なる世界に頭を巡らす。そうすることで、私はきちんと息をすることができた。大丈夫、私には言葉があるから。たとえ、どんなことが目の前に立ちはだかろうとも、きっとうまくいくよ。

 ということで、先月読んだ本の振り返りを行って参ります。

1. さよならをするために:唯川恵

 恋って何度しても良いものだよ、と昔恋多き女友達がほぅと希望の灯ったような顔で話をしていた。それはどうなんだろうな、私自身本気で誰かを好きになったことなんて遥か彼方のような気もする。

 本編では、最後結局恋人たちとはお別れするパターンが多くて、その余韻があとにじわりと残る。そりゃさ、結婚してしまえば感覚として変わるんだろうけれど、恋人という定義になった途端、それは曖昧な存在へと変わってしまうわけ。

 私自身割と一人でも映画観られるしご飯も食べられる。おまけに幸せなことに結構周りの人たちが気遣って今だに遊んだり旅行してくれたりする。そうした存在が、いかに貴重であることか。若かりし頃の私は気がつくことができなかった。

 みんな、きっと誰かに愛されたいんだ。自分が好きだからこそ、なおさら。自分が抱えた悩みや希望を、大切な誰かと共有することで、それが最終的に自分が救われることにつながっていくから。

楽しいことはきっと決まった数しかないに違いない。誰かがたくさん抱えてしまえば、そのシワ寄せをくらう人間が必ずいる。

集英社文庫 p.147

2. パイナップルの彼方:山本文緒

 この方の作品は、以前からずっと読みたいと思いつつも手にとれないでいた。何だか、今の自分の生き方にそっとメスを入れられるような気がしていたから。どうにも、妙なリアル感と熱を持って私に語りかけてくる。

 奇しくも著者である山本文緒さんが、10月の半ばにここよりはるか遠い場所へと旅立たれた。Twitterを開くと、フォローしている方々が皆彼女の死を悼んでいた。それだけ彼女の作品の影響力が大きかったということだろう。思わず、脊髄がグッと詰まるような気分だった。

 どこにでもいるような女性が描かれているようでいて、その実誰もがハマると思われる道を指し示している。人生何が起こるかわからない。誰も彼もが、真っ逆さまの落とし穴にハマることだってある。

 何だか、胸が震えた。

世の中を斜に構えて眺めているくせに、内心ではテレビドラマのようなハッピーエンドを求めている。

角川文庫 p.266

3. ある男:平野啓一郎

 誰しもが触れてほしくない過去があると思う。それはもちろんわかかりしころの自分自身が犯した過ちかもしれないし、あるいは自分の身近な人間によって引き起こされたものかもしれない。逃れようのない過去に直面し、自分のせいではないのに周囲から後ろ指指される感覚は、ただただ痛い。感覚がマヒしていく。

──愛したはずの夫は、全くの別人であった。

 という強烈な一言につられて、思わず手にした本。隣の芝生は青く見えるということわざがあるように、人は誰か別の人間になりたいという欲求を、一度は夢抱えたことはあるのではないだろうか。しんどい現実から逃れたくて。

 物語が終盤へと進むにつれて、文章からこれは決して小説の中の登場人物だけの話ではないのだということをどうしようもなく読者に突きつける。その人のことをその人たらしめているのはいったい何なのだろうか。それは名前とか肩書とか国の出自とかそんなものではない気がする。いうなれば、その人がたどってきた苦難の道、思考の真髄。そんなもののような気がする。

偽りの誠実さとは、精巧であればあるほど、却って一層本物からは遠ざかってしまうものではあるまいか。

文藝春秋(単行本)p.92

4. ライオンのおやつ:小川糸

 最近、どうにも涙もろい。少し気を緩めただけで、雫がこぼれ落ちてくる。昔は、泣くことは恥だと思っていた。でも、ふと足を止めてみると、涙を流すことによって私の中にぐるぐるぐるぐるとわだかまっていたものが一気に解けていくような感じがする。不思議だ。

 小川糸さんの作品は、優しくもありながらほんの一滴垂らされる毒が病みつきになり、いっとき静かに作品を読み漁っていた。そういえばつい先日も、山本周五郎賞に選出された『とわの庭』を読んだばかりだ。光を失いながらも、日常をただありのままに生きる少女の物語。

 本作品は、重い病気を患った人たちが集まる施設を中心に物語が進んでいく。一見、重いテーマだ。普段はあまり考えることがないけれど、日常を生きるって果たしてどういうことなんだろう、とふと考える。差し迫る時間を思って、前に進むことができるのだろうか。

 わからない。施設では、それぞれが最後に食べたいおやつをリクエストする場面がある。みんな、おやつに込められた思い出がを秘めている。私は、一体何をお願いするのだろう。心が、そっとこすられた気がした。

最後くらい、心の枷を外しなさいと、神さまは私に優しく口づけしながら、そうおっしゃっている。

ポプラ社 p.36

5. 明日、世界がこのままだったら:行成薫

 少し前に、同作者の著した『名もなき世界のエンドロール』という作品が私の中で心の片隅に引っかかっていて、どうせならと思って、他の作品も読んでみることにした。

 本作品は、最近になって出版されたものなのだが、たまたま図書館で借りることができた。家に帰って、ページをめくってみる。どこか、ファンタジーチックな作風で、だいぶ印象が違った。主に作品に登場するのは男女二人。彼らがたどってきた過去に遡って、これまでの生き筋を辿っていく。

 最後まで読んでみて、ああなるほどこんな展開になるのかぁと嘆息したものの、少し自分が期待していた感じと外れていた気がした。というよりも、単純にもう少し深い人間模様を描いた作品に最近飢えていて、それだけにちょっと作風が受け入れずらかったのかも。多分、読んだ時期が悪かった。

 なんだろう、今自分は何を求めて小説を読んでいるのだろうか。

人生が旅なのだとすれば、時間やルートを気にしない自由旅行も魅力だけど、きっちり時刻表通りに運行する電車に揺られてのんびりと旅するのだって楽しい。

集英社 p.114

6.平凡:角田光代

 角田光代さんは、もうどこにでもいるような人たちの生活の営みを映し出すのが抜群に上手い。普通に彼らは生活しているのに、どこか何かずれているようにも見える。かつて映画にもなった、『八日目の蝉』と『紙の月』。なるほど、こんな展開になるのかと度肝を抜かれた覚えがある。

 人は生きていると、気がつかないうちに選択を迫られていて、その時に選んだものは実は人生の重大な岐路だった、なんてことがある。選ばれた人生と、選ばれなかった人生。生きることとは、その連続なのだとしみじみ思う。どちらが幸せなのか、なんてことは結局終えてみないとわからない。

 あの時ああすればよかった、こうすればよかったなんて思ってしまう自分に嫌気がさして。過去の針が戻らないことを思い出して、胸を誰かにギュッと掴まれたような気分になる。

 それでも。それでも、私たちは前を見て歩いていくしかない。そんなふうに、脳内にインプットする。わかってるよ、別の人生があったなんてことは。ただ、もう今あるもので、新しい光明を見出すしかないってことを、私は本能的に察している。 

許さないと言ってしまえば、ずっと許さないことになる、そのだれかもまた、ずっとゆるされないことになる、そんな重苦しいものを背負って自分もだれかも生きていくことになる。

新潮社 p.77『月が笑う』

*

 11月にyuca.さんと合同で企画させていただいた『秋を奏でる芸術祭』をまとめていたことと、日常の業務に忙殺されてあっという間に12月が私の前から立ち去ろうとしている。11月に読んだ本について、12月の頭に記事として投稿しようと思っていたのに。時間は甚だ無情である。裾を掴んでギュッと押し留めようとしたにもかかわらず、やっぱりダメだった。

 12月に読んだ本についても、年内にまとめていければと思います。今年は果たして自分にとってどんな年だったかな。激動という言葉がふさわしかったかも。たくさんのものを失くしたし、たくさんのものも得ることができた。これは結果としてイーブンかもしれない。今、創作活動に再び火がつきはじめている。私、やっぱり文字と共に生きたいと切に願っている。

■ 今回ご紹介した作品一覧


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