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あたまの中の栞 - 神無月 -

 本当に10月の前半は秋とは思えなくらい暑かった。一体いつになったら涼しくなるのだろうとドキドキしているうちに金木犀は2回香り、弾けるように気がつけば匂いは消えていた。

 空気が澄んでいるせいか、どこからか夕食の匂いがしてくる。ようやく緊急事態宣言が解かれて、図書館の平常通りに行けるようになりそれだけは私の中で小躍りしたい出来事だった。再び会社からは週に最低2日は出社するようにとお達しを受け、泣く泣く都心へと向かうバスに乗る。

 流れるバスの窓の外から、遠くにスカイツリーが見える。電車は人が多くてうんざりする。その分バスは快適だ。これから仕事をするのに、どこか旅行気分になる。気持ちが弾む。時間が読めないというのが唯一の難点ではあるものの、その間ゆったりと読書を楽しむことができる。

 10月は旧暦の読み方だと神無月。全国の神様が一斉に出雲に集うものだから、この月だけ出雲以外の場所に神様がいなくなるからその名をつけたらしい。神様が集まるとは仰々しい。それはそれは大層な会議が開かれていることだろう。くれぐれも神様の会議に議題にあげられないようにひっそりと暮らすことを胸の内に秘める。

 そんなこんなで、時間があれば本を読んでいた。本の世界は、私の生活に落ち着きをもたらす。今月も早速、先月読んだ本を振り返っていきます。
(すっかり11月も後半に差し掛かってる。やばい、更新頻度落ちているので、少しずつ文字を吐き出していきたいと思います)

1. あちらにいる鬼:井上荒野

 ちょうどこの記事を書いているときに、本作品のモデルである瀬戸内寂聴さんの訃報を知った。何か数奇な運命のようなものを感じる。

 改めて本を読むと、いかに彼女の人生が波乱万丈であったかがわかる。彼女がかつて頻繁にテレビに出ていたときは何て幸せそうな顔をしているのだろうと思っていたけれど、それはきっといくつもの苦難を乗り越えてきたからこその平穏だったのだろうと今になってはたと思い至る。

 人のすったもんだというのは、当人たちにしかわからないけど、周りから見ると逆にきっとハラハラハラハラし通しだったに違いない。

 愛って、何なのだろう。心惹かれるって、なんだろう。人を幸せにするものなのだろうけど、時には劇薬になりうるものなのかも知れないと思ってしまう。いくつもの抑えきれない激情の波をいくつも乗り越えて、その果てにはいったい何があるのだろう。

 ただ一つ言えるのは、孤独に打ちひしがれる夜はそれはそれは体に堪えるということだった。

愛が、人に正しいことだけをさせるものであればいいのに。(朝日新聞出版/単行本 p.102)

2. 三行で撃つ:近藤康太郎

 最近文章をより磨きをかけたいと思って、文章の書き方について書かれた本を矯めつ眇めつ読んでいる。その中でも本作品は思いがけずもどのように書けばいいかだけではなくて、文章を書く者としての心構えみたいなものも書かれていて思わずハッとした。

 最近つと思ったのは、昔はとりあえず今自分が思っていることをぼんやりとつらつら書いている感じだったけれど、最近は割と書いた先にいる人が俄にぱっと思い浮かぶのだ。あの人が読んでくれるといいな、あの人だったらどんなふうに見るのだろう。勝手に頭の中で妄想している。

 世の万人に受けるような文章が書けなくたって、いい。たった一人、たった一人でいいからその人に対して心の琴線に触れるような文章を書くことができたらいいなと意外と真剣に考えている。

3. ザリガニの鳴くところ:ディーリア・オーウェンズ

 最初は正直いうと全然ページが進まなくて、うーんこれはどうしたもんかなと思っていたのに気がつけばもう貪りつくように読んでいてなんとも表現できない魔力に吸い込まれていた。シンデレラのような薄幸の美少女が出てくる話かと思いきや、それよりも物語は深淵だった。

 かつて英米文学を大学で勉強していたときも思ったけれど、どうしてこうも海外の人たちは景色の描写が美しいのだろう。もちろん必ずしもみんながみんなそう、とは思わないけれどじわりと物語の世界が頭の中にすうっと流れ込んでくる。敵わないなと思いながら静かにパタンと本を閉じた。

 久しぶりにディケンズやらトルーマン・カポーティやらの本をひっそりと静かに読みたくなった。秋の夜長に読むにはちょうど良い。

誰かに触れるというのは自分の一部を手放すことであり、それはもう戻ってこないからだ。(早川書房 p.220)

4.コロナと潜水服:奥田英朗

 どうしたらこんなにも読む人の心を楽にすることができるのか。当時コロナが流行り始めた時期は、ひたすら見えない病原菌に罹らないよう毎日ビクビクする時間を過ごしていた。罹った人は知らず知らずのうちに後ろ指を誰かに指されるという恐怖があった。

 それが奥田英朗さんの手にかかると茶目っ気たっぷりの愉快な話に様変わり。気がつくと肩から力が抜けていた。表題作の他にも、思わずほっこりするエピソードがてんこ盛り。もう、悩んでいることが馬鹿らしくなる。明日から前向きに歩いていける。そう、明日を生きる活力をもらえる感じが好き。

 私も、思わずハッとするような不思議な出来事に巻き込まれてみたいという欲求が沸々と沸き起こる(夜眠れなくなるレベルは勘弁だが)。

生活が垣間見えると、なんだか親しみが湧くのである。コロナのおかげで、今の日本人はいろんな発見をしつつある。(光文社 p.175)

5.犯罪者:太田愛

 ここ最近読んだミステリーの中では個人的に一、二を争うほどかなり物語の世界観にのめり込んだ作品だった。巨大な陰謀に立ち向かう三人の男性。最後の最後まで果たしてどうなるかわからないスリリングな展開。もう、息をする暇もない。

 どちらかということここ最近は割とのほほーんとした作品を読むことが多かったけれど、うお久しぶりにミステリーとかクライムサスペンスとか読みたくなってしまうなーと思った。刺激的な日々があるといいなとは思うけれど、本作の登場人物のように毎日がもう必死、みたいな生活は御免だ。

6.今はちょっと、ついてないだけ:伊吹有喜

 これはふとした縁から手にした本。なぜ手にすることになったかというと、主人公がフォトグラファーだったというただそれだけである。最近割ともう読む作家が決まりつつあって、いやいやこれじゃーいかんでしょ!ということで半ば勇気を出して買った本である。

 最初は正直どうにも言葉のチョイスが不慣れな感じがしてどうにも感情移入できなかったのだけど、オムニバス的な感じで物語がスイスイと進んでいくうちに次第に世界観に没入していった感じである。

 かつてテレビで一世を風靡したカメラマン。ところが信頼していた人から3,000万もの借金を抱え込んでどうにかこうにかして返済し、故郷の病院にいる母親を訪れるところから話は展開される。転落からの再生って、割とテーマとしてはありがちなところだけど、意外とブラックな感じもあったりして単に綺麗事だけで固められている筋書きではなかったところがよかった。

 来年映画化されるのか!玉山鉄二主演らしく、役柄的にはピッタリね。フォトグラファーっていう共通点で言うと、昔学生の頃に観た『ただ、君を愛してる』って映画を思い出す。市川拓司の『恋愛寫眞』が原作。なんか、好きだったなあ。

弾いた玉が次々と台に吸い込まれていくのを見ると、時間と金が刻々と人生からこぼれ落ちていくのを感じる。(光文社文庫 p.27)

7.むかしむかしあるところに、死体がありました:青柳碧人

 本屋大賞の候補に選ばれていて、他とはまた違うテイストだったのでずっと気になっていた本。図書館でずっと予約していてようやく順番が回ってきたので読むことができた。フォローさせていただいているyuca.さんが、紹介記事を執筆されていてその感想文を事前に読んでいたので期待感高まっていた。

 実際読み進めてみると、自分が昔親や幼稚園の先生から語り聞かせてもらった浦島太郎だの一寸法師だのが巧みな話術でミステリーと化していた。なるほど、目を転じるとこんな見え方アリだなと思わず唸る。私たちがかつて愛してやまなかった昔話のヒーローたちの腹黒いこと 笑 そうしたブラックユーモア的な感じもよかった。

※ちなみに、yuca.さんと現在「#秋を奏でる芸術祭」という企画を行っております。12月15日まで開催予定ですので奮ってご応募いただけると嬉しいです!(ここで突然の宣伝…)

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 そろそろウズウズしてきたので、記事をするすると残していこうと思います。もうすっかり朝と夜は冷え込んで、とにかく光が綺麗。秋は通り過ぎてしまったと思っていたけど、そのことを先日友人に話したところそんなことないやろ、今秋やろ!と切り返された。…そうか、今はやっぱり秋なのか。くっと空気を吸い込むと味わいのある匂いが鼻から抜けた。

■ 今回ご紹介した作品一覧


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