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お見舞いシチュエーション

私は小学生の頃から、好きな人のお見舞いに憧れた。

それは完全に漫画の影響である。

風邪の時にあさりちゃんでは卵酒(これは姉が母に作ったケースだが)を、ゆめ色ふぁんたではクリームシチューを、その他作品ではおかゆを作ったのだ。

 
好きな人が具合が悪くなった時、私もお見舞いに行きたい。
いつしか私の明確な目標というか、夢の一つになった。
だからと言って、決して好きな人が具合が悪くなることを願ったわけではない。
あくまで、好きな人が具合が悪くなった場合に、私が駆けつけたかっただけだ。

 
 
 
さて、漫画やアニメではお約束のように、好きな人(片想い)が具合が悪い時は、家族が仕事なりなんなりで外出していて一人きりである。
だからこそ、ヒロインはお見舞いに行きやすい。
だが、小中高生で具合が悪い時に家族が誰もいないなんて

そんな展開は基本ない。

  
まずこの設定が、現実と二次元の違いである。
更に、アニメや漫画では好きな人とはまだ付き合っていないが、事実上の両想い関係だからこそ、家で一人寝込む好きな人の元へ行けるのだ。

 
え?
事実上の両想いって、何それおいしいの?

 
私は事実上の両想いなんてものを、小中高校の頃に体験したことがない。皆無だ。
大学生になったって、そんなものは学生生活でなかった。全くない。

 
私は夢が遠ざかった気がした。
何気なく憧れたシチュエーションは、あまりにも現実離れしている。
そのくせ、500円を払えば買えてお釣りがかえってくるような漫画本に

お見舞いシチュエーションは定番中の定番
ベタと言わんばかりに

 
やたらとみんなが行っていた。 
なんだ?私が体験していないだけで、実はみんなそんな体験をしているというのだろうか。
だが、私の周りはNoだった。
体験者はいない。
それどころか

え(笑)
変わった夢だね(笑)

 
と、みんなが笑うのだ。何故だ。
誰一人としてこの夢に賛同しない。何故だ。
あぁそうか。
私の周りで一番漫画を読むのは私だ。
お見舞いシチュエーションを漫画やアニメで見ることがない彼女らは
その時に湧き上がる感情をそもそも知らないのだ。
ドラマでもお見舞いシチュエーションはあるはずだが
多分ドラマより漫画やアニメの方がお見舞いシチュエーションは多い気がする。
私はあまりドラマを見ないから、あくまで想像だが。

友達でアニメや漫画好きは案外いない。
いてもジャンルが違う。
更に、同じ漫画やアニメを見て育った姉も、特にそんなこだわりはなかった。
そもそも、姉は恋愛体質ではない。
私は夢見る乙女(というより、太め)であり、ロマンティストであった。
恋愛に関する夢や憧れは山ほどあったのだ。

 
 
 
そんな私にやがて初彼ができた。絶好のチャンスである。 
だが遠恋の上、彼が実家暮らしで特に具合が悪くなることもなく
お見舞いシチュエーションにはならないまま
一つの恋が終わった。

 
 
 
私にお見舞いシチュエーションがやってきたのは私が25歳の時である。
ただし、私はされる側であった。
その頃、私は別の人とお付き合いをしていたのだが
デートの約束の日、私は頭痛が激しかった為、デートをキャンセルした。

「心配だからお見舞いに行くよ。」

 
彼は言う。
 
 
「いや、いつもの頭痛だし、熱もないし、寝てれば直るよ。多分仕事の疲れだよ。実家暮らしだし、大丈夫だから。」

 
私は頭痛持ちであった。
今にして思えば貧血や気圧変化から来ていたのだろうが、当時は理由が分からず
とにかく頭痛の日は多かった。

  
 
私としてはハッキリデートを断ったつもりだし、遠慮ではなく、本気でお見舞いを断ったつもりだった。
だが、彼に話は通じなかった。
とにかく心配になって会いたくなってしまったらしかった。
デートをキャンセルしたと思った私は、ひたすらに頭痛と戦いながら体を休めていた。
それからしばらくして、メールが届いた。

 
「今、ともかの家の近くまで来た。家から出てこられる?」

 
…………うぉーい( ̄□ ̄;)!!
人の話を聞けーーーい!!

 
 
 
さて、その時家には両親や祖父母がいた。
私は具合が悪いことは周知の事実だ。

  
彼氏がいることを私は母親には伝えてあるが
彼氏を家族にはまだ紹介していない。
ついでに言えば、彼が家に来たのは初めてだ。
年賀状のやりとりで住所は教えてあったが
まさか来るとは思わなかった。

 
私は内心汗をだらだらかきながら、ルームウェアのままで家から出た。
家族からは当然ツッコまれる。

母「どこ行くの?具合悪いのに。」

 
私「いや、あの、なんか………お見舞いに来てくれたらしい。」

 
母「彼氏くんが?優しいじゃなーい!うちでお茶でも♪」

 
私「いや、私具合悪いし…勘弁して。挨拶は後日一緒の時にするから。」

 
 
私が家から徒歩5分の待ち合わせ場所に行くと、彼はいた。
手には花束を持っていた。
病室の見舞いじゃないんだから、なんでまた花束を。
ただの頭痛なのに、全くもう。
普通、ここで女子は喜ぶのかもしれないが、私は怒った。

 
私「あのさぁ…………お見舞い断ったよね?私まだ、正式に家族に紹介していないんだよ?母親にしか、彼氏いるって話してないんだよ?具合悪い中、外出して、花束をもらって帰ったら、家族から質問攻めのパターンじゃん。」

 
彼「ごめん。一目会いたくて。心配で。」

 
私「具合悪い時は寝てるのが一番だし、実家暮らしだから大丈夫だよ。……悪いけど、調子悪いからもう帰るね。明日からまた仕事だし、お願いだからそっとしといて。寝かせて。」

 
私と彼の家は当時片道二時間かかった。
私は約5分くらい話して、本当にそのまま去った。
今にして思えば、優しかったし、心配して駆けつけてくれた姿に愛を感じたのかもしれないが
(…………いや、感じたかなぁ?どうだろう?)
私からしたら、デートも見舞いも断ったのに話を聞かずに暴走した彼にヤキモキした。
優しくなれない自分にも苛々した。

 
人生で初めて男性にもらった花束は、こんな風にケンカの思い出にまみれているという
少し残念な結果になった。

 
ただ、母親にとっては娘が具合が悪い時に彼がとったこの行動が好印象で
花束は居間に飾られた。

 
うん…そうだね。
私が一人暮らしで心細くてやせ我慢していたら
この行動は嬉しかったんだろうね、うん。
価値観の違いである。

 
 
その彼は一人暮らしで、私は基本仕事が休みの時は彼の家で過ごしていた。 
週末婚ではないが、週末付き合いみたいなものだ。
デート中や一緒に過ごす中で私が具合を悪くなることは時折あった。
彼は医者だったこともあり
アドバイスをしてくれたり、処置をしてくれたり
「旦那です。」とか「彼氏です。」とかなんとか言って、一緒に病院に付き添ってくれたりもした。

 
基本的に彼は優しかった。
具合が悪い時は親身になってくれたし、見舞いの花束こそ私は苛立ちを感じたが、色々な意味で心強い彼氏であった。感謝もしている。

 
そんな医者の彼氏である。
じゃあ逆に私が彼のお見舞いシチュエーションになったかといったら

Noだった。

 
まず、自身が医者である為、早期発見早期治療を自分でできる。
更に彼が当時住んでいたアパートは研修医が住まないといけない場所で
アパートの住人は彼の同僚だらけであった。
つまり、医者が周りにもうじゃうじゃいた。

 
片道二時間かかる上、週6勤務だった私は及びではなく、私の出番は特にないまま
こちらの恋もやがて終わりを告げた。

 
 
 
 
 
チャンスが巡ってきたのは、その次の彼氏である。
その人は歴代の彼氏の中で一番体を壊しやすかった。
具合が悪くなって立ち上がれなくなったらしく、救急車を拒む彼をなんとか車に乗せ、病院に付き添ったらそのまま入院となった。

 
 
インフルエンザや風邪にも弱い人だった。
その人は一人暮らしで近場に住んでいたこともあり、まさに私が小さい頃に夢見た、好きな人へのお見舞いシチュエーションになった。

 
だが、私が夢見た時から時間は流れてしまった。

昔は卵酒がいいとされていたのに、今は代用品の方が手軽で便利な時代になり、卵酒を作らない時代になった。
クリームシチューは子どもながらに当時から、具合が悪い時に食べるものじゃないだろ…と思っていたし、彼からも当然リクエストされなかった。
じゃあお粥だな!と張り切って台所に立つ私に彼は告げる。

 
「プリンとアイスがいい。」

 
…………お粥の出番もこれまたなかった。

 
 
 
その人はあまり顔に変化が出ない人だった。

弱音を吐かないし、痛みに強い人で
いちいち泣き言や具合が悪いアピールをしない。
仕事が終わると、いきなりガクッと具合が悪くなるタイプだった。
仕事中無理をしていても周りにはバレなかったらしいし
実際私から見ても分かりにくい人だった。
ただ、いつもの雰囲気や口調との微妙な変化で違和感を感じ、熱をはかったら平熱じゃなかった、というパターンだった。

 
具合が悪い時は一人で寝ていたいだろう…と
ドアノブに差し入れをかけて帰ることもあったが
大抵は部屋の中に入った。

 
 
たまっていた洗い物を洗い、掃除し、私はバタバタと動き回った。
私の憧れたアニメや漫画は設定が小中高生だから家事まではしないが
私が大人になってしまったのだから仕方ない。
私が一通り家事をしていた時、彼はプリンをちびちびと食べた。食欲があるならまだ安心だ。
私は帰ろうとした。具合が悪い人の元で長居は申し訳ない。
また次の日に来ようと思っていた。

私「じゃあ、私がいても気を遣っちゃうだろうし、ゆっくり休めないだろうし、そろそろ帰るね。」

  
彼「帰るの?」

 
私「人がいると気を遣って休みにくいでしょ?」

 
彼「ともかに気を遣うことは全くないよ。まだいてよ。」

 
私「………。」

 
  
私は衝撃だった。
具合が悪い時、私は一人になって寝ていたいタイプだったが、そうではない場合もあることを学んだ。

  
そして、男性が私が思うよりも弱く、甘えん坊であることを
私は誰かと付き合うようになって知っていった。

 
 
女性は弱音を吐いたり、泣いたりしても許されるけれど
男性は人前だとそれなりにかっこつけて、強いフリをしなければいけないことは
ある程度想像と実体験から知っていた。
だが、誰かと付き合うようになってから、彼等が私の前で見せる姿は人前の姿とだいぶ違かった。
私が付き合っていた人々は、私の想像以上に、私に女性に彼女に安らぎや癒やしを求めていた。

 
昔、私は好きな男性を王子様やヒーローだと思っていた。
守ってくれる存在だと思っていた。

 
だけど、違かった。
男性だって、一人の人間なのだ。
彼氏ではあっても、物語の王子様やヒーローではない。
あれは所詮偶像だ。

私がしっかりと自分をもち、強さと優しさと余裕を兼ね備え、安定していないと
恋愛はダメになると学んだ。

 
守るとか守られるとかではなく
お互いに自立し、支え合って生きていく。

それが恋愛においてとても大切だと
私は20代になってようやく気づいたのだ。

 
 
 
 
私は彼の寝息を確認してから、起こさないようにソッと部屋を出た。
順調に回復していってよかった。

 
  
 
その後、私は私で彼の家に泊まっている時に具合が悪くなり
看病を受けることがあった。
彼はテキパキとし、非常に心強かった。
彼は仕事があったので「何かあったらすぐ連絡しろよ。」と言い残して出勤し
私は一人ベッドに寝転がった。
なるほど
確かに一人、具合が悪いまま家に残されると心細くなった。

 
だけど、彼から借りたシャツには彼の匂いが残っていて
部屋の至る所に彼の匂いがあった。
その匂いは私に安らぎを与えた。

 
 
 
 
  
そんな日々がかつてあったことを、私は目を閉じて思い出す。

 
燃え上がるように恋に落ち、好きな人ができて
好きな人に愛されて
恋人になっても
やがて何らかの理由で恋が終わる。

 
そして今は片想いの相手さえいない。
忘れられない記憶や薄れていくかつて終わった恋を
私はぼんやり眺めている。

  
30代になって恋もままならないと
自分に理由があるようにしか思えなくなってくる。
そして結婚ができる気がしなくなってくる。

 
 
私の短所も長所も受け入れて
私と共に生きていきたいと思ってくれる人が
果たしてこの世の中のどこかにいるのだろうか。

この人となら、共に生きていきたいと思う人と
私はこれから出会えるのだろうか。

 
 
私には夢がある。

いつかパートナーと共に穏やかな安らかな時間を過ごすのだ。 
浮気も不倫もあり得ないくらい
お互いがお互いを絶対的に信頼し合って
お互いの両親や家を大切にして
一日一日を笑顔で過ごしたい。

 
それがどんなに無謀で高望みでも
私はそんな日々に憧れる。

  
結婚して穏やかな家庭を築く人ががただただ、羨ましい。
 




 




 


  
 


 


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