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母という呪縛 娘という牢獄/齋藤彩

2018年に医学部を9浪した看護師(事件当時は看護学生)が実母を殺したという事件は世間に衝撃を与えた。

 
9浪である。

大学受験は頑張って3浪くらいが普通だし、集中力の低下等から浪人回数を増やすほどに逆に合格から遠ざかるとさえ言われているのに。

 
ニュースによると、母親は娘を医者にすることに病的なまでに執着しており、娘に勉強を強いるだけでなく、身体的虐待もあったという。

 
私は大学で臨床心理学を専攻し、犯罪心理学のゼミに入っていたくらい
昔から殺人事件の背景が気になるタイプだった。

だからこの事件も、事件当時から気になって色々調べたし
この事件を取り上げたという本の存在を知ってから読みたいと思っていた。

 
本屋でこの本を見つけた私は迷わず買いに行き
用事を済ませた後、夜に一気読みした。

ページをめくる手は止まらず
気づいたら、いつもの寝る時間は過ぎていた。
読んだ後も衝撃さからしばらく興奮し、眠いのになかなか寝つけなかった。

 
加害者のあかり(仮名。ググれば本名も普通に載っている。)は、妙子(仮名。ググれば以下略)とその夫の間に産まれた長女であり、三人家族だった。

小さい頃から妙子は娘を医者にすることに執着しており、地元の国公立医大入学しか許さなかった。
(なお、妙子は工業高校卒で父親も医者ではなく、両親ともに世間的に地位が高い職業ということはなかった。逆にそれが妙子はコンプレックスだったようだ。)

 
父親は優しい性格であかりにとっては止まり木のような存在だったが
妻のヒステリックさに耐えきれず、あかりが小学生の頃に別居となる(そのまま離婚はしない)。

 
あかりは毎日勉強を強いられ、バカだブスだデブだとけなされ、成績が悪い時は熱湯を体にかけられたり、回し蹴りをさせられたり、土下座を強要させられたり(写真も撮られている)、包丁で体を切られたりもしている。

 
節約にもうるさかったらしく、アラサーになるまで毎日母娘で一緒にお風呂に入り、携帯電話も母親に監視されていた。

 
あかりは自殺を考えたり、家出を何回も試みたが、妙子は娘に探偵をつけており、すぐに見つかって連れ戻されている。

 
高校時代、慕っていた先生に体の傷を見せたり、母親の振る舞いをあかりが何度も訴える。先生は通報を促すが、あかりから拒否があり、母親も介入したことでやがて音信不通となる。

母親から逃れるため、寮生活がある場所での就職活動をするも、内定を母親から握りつぶされている。

 
9浪の末、母親は看護科の入学をようやく認めるが、あかりが看護師として病院で内定をもらえた後も助産師への道を強要し、内定を辞退するように迫る。

 
あかり自身は理数系より文系科目が得意で、医者になりたいとは思っていなかったが、紆余曲折を経て看護師として生きていきたいと思ったところで内定を辞退するよう言われたこと。

 
そして、助産師学校へ不合格だったことを叱責されたり、隠し持っていた二台目の携帯電話を目の前で壊されたことで殺意が膨らみ、殺害に至る。

 
殺害後、Twitter(現X)に「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と投稿している。

遺体が見つからないように、遺体をバラバラにし、凶器や遺体を燃えるゴミに出すも、胴体だけは大きすぎて処理できず、近所に遺棄する。

それが見つかり、事件は発覚し、あかりは逮捕される。

 
事件はこのような経緯や背景であった。

あかりの祖母はお金持ちでお金を援助していた。
母親は仕事をしていなかったし、長年のお金の援助がなければ9浪の生活はなかっただろう。

 
母親は祖母に育てられておらず、親戚に引き取られている。
祖母に十分に愛されなかった母親は寂しさを抱えていた可能性があり、その歪みがあかりに影響した可能性も否めない。

 
先生には何度も訴えていたあかり。
先生はどうにかできなかったのだろうか。
また、罪を犯したあかりに小まめに面会に来たり、差し入れをしている父親は、どうにかできなかったのだろうか。

読んでいると、どうしてもそんな気持ちが浮かんでしまう。

 
だが、できなかっただろう。

あかりが考えていたように、母親が死ぬか自分が死ぬ以外でこの環境が変わることはなかったのだろう。

 
この事件を知れば知るほど
殺害はやむを得なかったというか、私があかりだったらと考えた時、病むか自殺か殺害以外の道が見当たらないのだ。

実際私も仕事で虐待が疑われる人と関わったことがあるが、やはり介入は難しく、事が大きくなってからではないと動くに動けなかった事があった。

第三者ができること多くはない。

 
読んでいると重い気持ちになるが、読後感は悪くない。
あかりのこれからの道を思う。母親の敷いたレールではない道をどうか歩いてほしい。

 
私の周りには妙子のような母親を持つ友達が何人かいた。

Aちゃんは、成績が下がったことを理由に夜遅くまで母親に叱られたと言っていた。私よりAちゃんはよっぽど頭がよかったのに。

Bちゃんは母親から小まめに連絡があり、友達との泊まり禁止など様々なルールがあった。

Cちゃんも母親から小まめに連絡があり、責められることも多々あった。

Dちゃんは母親の気性が激しく、目の前で彼氏からの手紙を燃やされたと言っていた。

 
友達だけでない。

元彼Eさんは母親から「産まなきゃよかった。」と何回も言われたことがあるらしいし
元彼Fさんは母親から小まめに連絡があった。ヒステリックなエピソードもよく聞いていた。

サザエさんのような家庭ばかりではないどころか
サザエさんのような家庭がレアなのかもしれないと気づいたのは
私が高校生の頃だ。

 
この本の反響の凄まじさからもそれがうかがえる。
妙子ほどではないかもしれないが、子どもに過干渉な母親やヒステリックな母親は確かに存在する。
話し合いができない母親や接し方が独特な母親もいるのだ。

 
あかりのようなここまでの壮絶な人生は珍しいかもしれないが
妙子のような母親は世の中にたくさんいるだろう。

 
私の母親といえば
私にスチュワーデスを望んでいた。
今の福祉職などまるで望んでいなかった。

 
だけど私は乗り物酔いしやすいし、英語は苦手で
スチュワーデスなんて適性がまるでなかった。なりたくもなかった。

 
だけど母親は許してくれた。
福祉職に就きたいという私の夢を応援してくれた。

 
その点についてはいい。

問題は結婚だ。
母親の希望としては、私に学校卒業後に三年働いて結婚し、家を継いでほしかった。孫を産んでほしかった。
その願いを私は叶えることができなかったし、多分これからも叶えられないだろう。

 
スチュワーデス以上に親から望まれた願いを私は叶えることができない。
それはどんなに自分の人生に悔いはなくとも、心の中にいつまでもある重しのようなのだ。

 
母と娘。
女親と女の子ども。

その関係は周りからは理解できないような繋がりや思いで形作られている場合がある。

 
私は自分の生き方に悔いはないけれど
母親の望む生き方ができないことは申し訳なくも思う。

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