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畑に囲まれた小学校に、スクールバスで通った思い出。

私が通っていた小学校は、ど田舎にあった。
周囲をほとんど畑に囲まれていて、グラウンドの端っこに並ぶ防風林を抜ければ、隣はすぐじゃがいも畑みたいな世界だった。

ど田舎だったので、当然生徒数も少ない。
私のクラスは、少し多くて25人。
一つ上と一つ下の学年は、20人に満たなかった。

当然クラス替えなんてないし、道路を挟んで向かいにある中学校も学区は変わらないので、小1から中3までずっと、同じメンツ。
はなたれ小僧の頃から全員知り合いだから、恥も外聞もないズブズブのクラスメイトたちだった。

ど田舎は、登校するのも一苦労だ。
豪農たちの畑が敷き詰められただだっ広い学区のあちこちから生徒が通うため、スクールバスが4台も運行していた。
私の家は、小学校から10キロ弱。

朝のバスは、7時半過ぎにはやって来てしまう。
遅れたからといって流石に置いてかれるわけじゃないけど、バスガイドさんに怒られてしまうので、遅れそうな日は走るしかなかった。

バスガイドさんと呼称していたけど、今思えば別に毎日の通学路をガイドしてもらう必要もないので、添乗員さんか、まあ見守りおばちゃんくらいが妥当なのではないか。
お世話になりました。

私は割と序盤組だったけど、私よりも遠く、小学校から15キロ離れているような子もいた。
今思うと、本当にスクールバスがなかったら終わってた。

何人もの家に寄るスクールバスで30分以上揺られるので、その間はずっとおしゃべりしていた気がする。
宿題を忘れてそこでやる日もあったけど、結構揺れて鉛筆の芯がブレブレになるので、バスで書いたことがバレないように最新の注意を払う必要がある。

畑の中に信号なんてものはないので、生徒を拾うときの僅かな停車時間で急いで書くしかなかった。

中学生になって部活を始めると、朝練や部活終わりは自転車で通う日もあった。
10キロ近く、ほぼ真っすぐ一本道。
ずっと畑、信号なし。
よくやったと思うよ、本当に。

とはいっても冬は自転車に乗るわけにも行かないので、やっぱりバスに乗るしか無い。

部活終わりの時間帯にだけ走るバスがあって、それに乗って帰っていた。

そのバスはスクールバスと違って、家のすぐ近くまで細い道にも入ってくれたんだけど、一回我が家の前で雪に埋まってスタックしたときは大変だった。

どうやって抜け出せたのかはもう忘れてしまったけど、何十分も立ち往生していた気がする。

社会人になり、札幌に暮らし、通勤は地下鉄一本、徒歩と合わせて20分弱。

都会って、スゲェなぁ。

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