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アンノウン・デスティニィ 第16話「アンノウン・ベイビー(4)」

第1話は、こちらから、どうぞ。

第16話:アンノウン・ベイビー(4)

【日付不明、つくば市、卵子・精子バンクラボ】
 飛行機の格納庫のような巨大な空間が広がっていた。光量は最低限まで落とされていてうす暗い。直径50センチいや70センチぐらいだろうか。上下に様々な管や装置のついた楕円形のゆりかごのような形をしたアクリルガラスの円筒が、仰角10度くらいの角度で斜めに整列している。内部は液体で満たされ、こぽこぽと小さな気泡が現れては消える。培養室から続くチューブはいくつにも分岐し、整然と並ぶ楕円筒の上に、各家庭にいきわたる水道管のように配置されていた。そのなかを球体がぷかぷかとただよい、それぞれの筒へと区分されていく。
 目的地にたどりついた球はアクリルガラスの筒につながるチューブを斜めに滑り降り、太さも形態も異なる管が何本もつながっている厚い皮膚状のベッドに受けとめられる。チューブから落ちる瞬間に球体ははじけて霧散し、受精卵は重力に逆らうことなくふかふかのベッドにもぐりこむ。
 あれは人工の子宮内膜で、受精卵はいま「着床」した。
 受精卵がへその緒を伸ばして胎盤を形成しはじめると、胎児が横臥するように筒がゆっくりと横転し向きを変えるようだ。そんな人工子宮筒の列が適度な空間をあけて上に3段重なっている。3段2列で1セットになっていて、機械式駐車場のように上下を入れ替えることができるようで、微かな機械音をあげながらゆっくりと回転していた。一日に何回転しているのかはわからないが、これなら、6つの筒の胎児たちの状態を1階のフロアから観察することができる。なんて効率的なんだろう。「観覧車のようにゆったりと回転させることで、ゆりかごの効果まで期待できます」とかなんとか。開発担当者の得意気な口上まで透けてみえる。
 工場で生産される胎児たち。だれがこんな仕組みを考えた。怒りと吐き気がこみあげる。
 格納庫には静かな音楽が流れていた。モーツァルトの『アイネクライネナハトムジーク』だろうか。モーツァルトは胎教にいいというものね。
 アスカは皮肉な笑みを浮かべ、我にかえる。
 異様な光景に心を奪われ犯人を見失った。人工子宮器は幾列も並んでいる。探すのは困難か。一瞬でもラボの状景にのまれ集中力を欠いた自分に歯噛みする。入り口右手の壁に沿って進み縦の通路の奥を一本ずつ凝視していくが、ラボ内は最低限の照度しかない。視力2.0のアスカでも奥までは見えない。足音を消し、焦りを胸に抱え進んでいると声がした。さっと身を隠す。
 白衣の男がふたり通路の奥からこちらに向かってくる。
「細胞分裂の進まない受精卵が多いな」
「人工子宮器に移せるのが4割くらいか」
「まあ、自然分娩でも着床率は2割程度だから単純比較すると多いけど」
「自然分娩じゃ卵が自分の力で旅をするからなあ。それに比べると着床までは人工的にお膳だてしているのに、そこに半分も至らない」
「この子宮器に移したとたん、3割ほどは細胞分裂が止まって、ジ・エンドだろ」
「いったいどれだけの卵が正常に成長してくれるんだか」
「こうやってさあ、だんだん手とか目とかができてくるのを見てると、俺たちのやってることって、生命の冒涜だなって、ときどき恐ろしくなる」
 そんなことを話しながら入り口の扉を開けて去って行った。
 入れ違いにまた扉が鈍い機械音をたてて開く。ざわざわとした空気が流れ、アスカはまた身を隠す。
 やって来たのは大臣御一行様だった。撮影クルーはいない。胎児の生育を考えると撮影などもってのほかだろうし、こんな生なましい光景を国民の目に晒せば批判が巻き起こるだろう。アスカは日比谷公園でのデモを思い出した。静かな空間に大臣のダミ声が響く。
「で、胎児の成長は順調かね。財務省をねじふせて巨額予算を獲得したんだ」
「財務官僚どもには、百年の大計というものがない」
 百年の大計とやらのまえでは、生命への畏怖など霞でしかないのだろうか。先ほどの研究員たちの生の声を聞かせてやりたいと心底思った。長塚大臣は入り口近くのいくつかを気休め程度に一瞥すると出て行った。カメラに撮影されていなければ、熱心に視察しているふりなど無用なのだろう。

(to be continued)

第17話に続く。


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