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アンノウン・デスティニィ 第26話「ラストファイト(1)」

第1話は、こちらから、どうぞ。

第26話:ラストファイト(1)

【2041年5月14日、鏡の世界、つくば市・実験林アジト】
「こんなこともあろうかと、車はかなり前から準備してたんだ」
 にたにたと顎をなで瑛士が披露したのは四駆のSUV車で、天辻板金工業が装甲車並みの改造を施していた。シルバーに光るボディは要人向け防弾車と同じ仕様で、銃弾を退けるEN-B6レベル。さらにフロントグリルにガードを装着し、もちろん防弾ガラスにランフラットタイヤを装備。極限まで軽量化しているため駆動力にも優れているのだと、少年の瞳で誇らしげに解説する。ペネロープ号のように空飛ぶ機能がないだけでもマシか、とキョウカはため息をつく。次の越鏡は全員で挑むと決まり、実験林アジトに天辻板金工業から運びこまれた。
 
「で、場所は? アンノウン・ベイビー園前か?」
 SUV車のお披露目をすませ満足した瑛士は、アジトのダイニング兼事務室で煙草に火をつける。
「いえ、『フォレストみやま』のあたりですね」
 アラタがサイフォンをセットしながら答える。
「フォレストみやまぁ?」キョウカが甲高い声で語尾を跳ねあげる。
「どうして、あんなところ」カップを並べていたアスカの手がとまる。
「そうか。あそこにできるんだったな」瑛士が鼻の頭を掻く。
「何が?」
 いきなり5年後にワープしてキョウカたちは諸々の事情を把握できていない。
「アンノウン・ベイビーたちの中高一貫の寄宿学校を建設するって話だ。英国風だとよ。な、新しい利権が続々と生れてるだろ」
「あんなところに……」と言いかけ、アスカは、はっとする。
 そうか、アンノウン・ベイビーたちを人目から遠ざけ、障害を隠すにはうってつけなのだ。どうせまた「自然あふれる環境での一貫教育」など外面だけの言葉で本音を隠蔽するつもりか。見た目の美しさで、逃亡対策であることを隠していたラビリンスガーデンのように。
「ユイちゃんがね、別れぎわに本当の名前は『ノゾミ』だって言ったの」
 アスカはマグカップを両手で持ち、コーヒーの湯気にかぶせて言う。
「へ、そうなの?」とキョウカは軽く受け流しかけて「ちょっと待って。それ、どういうこと?」と色めきたつ。
「それを昨日からずっと考えてる」
「うん? どういうことだ」
 瑛士が鼻から煙を吹かし姿勢をもどす。
「バンクラボで時空間に消えた犯人は、ジュラルミンケースをあたしに向かって放ったんです。ケースの中に受精卵はなくて、『ノゾミ』って書かれた紙が一枚入ってた」
「あれ目にしたときは、ふざけたことするって思ったよ」キョウカが憤る。
「うん、あたしもね。『望みは消えました』とか『望みはもうありません』っていうメッセージだと思ってた。でも……」とアスカはキョウカの瞳をとらえる。「それが、あの子の名前だとしたら」
「意味が変わってくる」キョウカが言葉を継ぐ。
 アスカはキョウカを見つめたままうなずく。
「犯人は受精卵を培養室のシャーレにひそませた、と考えられない?」
「そうして生まれたのがユイか」キョウカが腕を組みうなる。
「てことは、あの子はあんたと日向透の子?」
「そう考えると、あの子が透と同じ透視能力を持ってることもうなずける」
「4歳児にしたら憎たらしいくらい高すぎる知的レベルも、ね」キョウカが付け加える。
「そこまでは納得がいく。だけど……」とアスカが逡巡する。
「何が納得がいかねえ」瑛士が煙草をもみ消す。
「優性卵は取引のために奪われたと考えるのが妥当でしょ。なのに、取引相手に渡さず、どうしてバンクラボの培養室に混在させたのか」
「卵を育てるには大がかりな設備が必要だからじゃないでしょうか」
 アラタがもっともなことをいう。
「じゃあ、どうやって育った胎児を優性卵の子だと見分けるの? 卵なんてどれもいっしょに見えたよ」
「あの子は自分がノゾミと名乗ったんでしょ。何か印があったんじゃない。それが何かはわかんないけど。優性卵は育ってノゾミが生れてるとしたら。もう卵を追ってもしょうがない」
 キョウカが現実を突きつける。
「それにしてもさあ、嫌なところがいっしょなんだね」
「何が?」アスカが憮然と問う。
「残されてたのが、名前が記された紙きれだったてこと。あたしも、あんたも、捨てられたとき『アスカ』と書かれたメモが挟まれてたでしょ、産着に」
 あっ、とアスカは両手で口を押さえる。
 
【2041年5月15日午前9時、鏡の世界、つくば市】
「最強の車だからな。尾行なんか気にする必要はねえ」
 特装四駆のハンドルを握った瑛士が高らかに宣言し、堂々と実験林の正門から出た。
 きょうも空はどこまでも青く高い。
 USBに残されていた越鏡の指示はこれが最後だとアラタはいう。
 きょうで終わるのだろうか。透は何をめざしていたのだろう。USBの指示に従って越鏡を繰り返しているけれど。あたしは、まだ、何ひとつ成し遂げていないし、透が何をしようとしていたのか、ますますわからなくなっている。盗まれた優性卵を奪還すればいいと思っていた。時空を超える不安はあっても、越えてしまえばなんとかなると楽観していた。自らの考えの浅さを蹴飛ばしたくなる。
 こんどこそ、とアスカは唇をかみしめる。透の目的をかなえるんだ。
 
「お、さっそくのお出ましだ」瑛士が右のサイドミラーに目をやり、
「これはまた、ぞろぞろと」と楽しげにハンドルを切る。
「白のベンツが2台に、SUVが1台。離れて白のセダンが2台。全部で5台ですか」
 助手席のアラタが左のサイドミラーで数える。
「おそらく前3台が黒龍会。後ろ2台が鏡界部だな」
 アスカとキョウカは姿勢を低くして振り返る。ふたりとも水色のTシャツ、黒のランニングパンツに白衣を着て、ウィッグはつけていない。
「みごとに白ばっかりだな。黒じゃなきゃ白って。あの発想はなんとかならんか」
 瑛士がやれやれと、ぼやく。
「白は中古車市場で売りやすいからじゃない?」
 キョウカもバカにしたように鼻をならす。
「しっかし、ぞろぞろと連れていくわけにもいかねえしな」
 瑛士がまたちらりとバックミラーに視線を走らす。
「アラタ、鏡界が開くまであと何分ある」
「36分30秒です」
「そんだけありゃ、なんとかなるか」
 言うなりアクセルを踏み込み、ハンドルを右いっぱいに切る。シルバーの巨躯がアスファルトを軋ませてUターンし、5台の尾行車の最後尾まで加速しながら逆走すると、また大きく右に切り、最後尾車のすぐ後ろをかすめて右の側道に突っ込む。5台はそれぞれにUターンしようとし、逆走してきた車のボディにターンする後続車が突っ込む。
 キキーーーーッツ、ドン!
 派手な軋み音をあげて次つぎにクラッシュする。はじかれてスピンする車もある。かろうじて3台が混乱をすり抜け、瑛士の四駆に追いすがる。
「あと3台か」
 ハンドルを左に切る。道幅の狭い住宅街を右に左に折れながら走る。「学園の迷路を思い出すね」とキョウカがのんきなことを言う。最後に右に折れると上り坂の市道に出た。後続車をミラーで確認し坂の上までひと息に加速すると、頂上で大きくハンドルを右に切った。追尾車の1台は曲がり切れず坂から飛び出し、目の前の川にダイブした。
「一丁あがり」瑛士が口笛を吹き、川の土手道を駆る。
「あと2台だな」よゆうの笑みを浮かべたときだ。
「撃ってきた!」キョウカが鋭く忠告する。
 ライフルの高音が朝の風を切り裂く。
 瑛士は巧妙に弾道をかわし橋を渡る。『フォレストみやま』跡地も近い。アクセルを踏みこむ。左前方に建設現場の白い安全鋼板の連なりが見えた。ダンプカーが入っていく。
「タイムリミットまでは?」
「2分です」アラタが答えたときだ。
「前からも、ライフル!」対向車線に黒のベンツが3台いた。一番前のベンツの後部座席からライフルの黒い銃口がわずかにのぞいているのにアスカが気づいた。
 ピシッ! 
 フロントガラスの右隅にわずかな亀裂が走る。
「くっそ、挟みうちか」
「アラタ、時間は」瑛士がどなる。
「あと1分」
「場所は?」
「建設現場入ってすぐ」
「よし、突っ込むぞ。頭を防禦しろ」
 工事現場入り口からまっすぐ西に延びる道と、瑛士たちが走る南北の道路が入口前の信号で交差している。
 あと数メートルのところで信号が赤に変わった。ダンプカーが西から直進して来る。瑛士は速度を落とさない。ダンプカーが交差点に入るタイミングで急ブレーキを踏んでハンドルを大きく左に切り、アクセルをいっぱいに踏み込むと工事現場にドリフトしながら突っ込む。
 キキーーーーッツ。タイヤが路面を軋ませる。
 突然、目の前に車が侵入しダンプカーが急ブレーキを踏む。
 ドン! ドン!……ボン!
 瑛士たちを追っていた白のベンツは速度を落とさず、ダンプカーの助手席横に激突する。ほぼ同時に、対向車線の先頭の黒ベンツがダンプカーの後部にクラッシュする。ダンプカーは2台のベンツに前後を押され斜めに停車し、ベンツは2台とも鈍い爆発音をたてた。
 瑛士はバックミラーにゆらめく炎を視線の端でとらえながら、アラタが示す地点に向かってアクセルをさらに踏み込む。
 突然、目の眩む白い稲光が走った。

(to be continued)

第27話に続く。


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