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大河ファンタジー小説『月獅』51         第3幕:第13章「藍宮」(4)

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第3幕「迷宮」

第13章「藍宮」(4)

<あらすじ>
天卵を宿したルチルは王宮から狙われる。白の森の王(白銀の大鹿)の助言で「隠された島」をめざし、そこでノアとディア親子に出会う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵るが飛べない。王宮の捜索隊に見つかり、ルチルたちは島からの脱出するが、ソラがコンドルにさらわれ「嘆きの山」が噴火した。
レルム・ハン国では、王太子アランが、その半年後に3男ラムザ王子が相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子のキリト派の権力闘争が水面下で進行。それを北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。
15歳になったカイルは立宮し「藍宮」を賜る。ある日、図書寮で星童のシキと出会った。

<登場人物>
カイル(16歳)‥‥レルム・ハン国の第二王子、貴嬪サユラの長男
ナユタ(26歳)‥‥カイルの近侍頭
キリト(11歳)‥‥レルム・ハン国の第四王子・王妃の三男
シキ(11歳)‥‥‥星童、ラザールの養い子、女であることを隠している
シュリ‥‥‥‥‥‥虎猫、カイルの愛猫
ハヤテ‥‥‥‥‥‥鷲、カイルの愛鳥
藍宮‥‥‥‥‥‥‥カイルの宮・外廷にある
真珠宮‥‥‥‥‥‥王妃の宮(後宮)、キリトもここで暮らす
翡翠宮‥‥‥‥‥‥サユラ妃親子の宮(後宮)

 暦が二月をめくってまもないある日、キリトは近侍二名を伴って藍宮を訪れ、カイルとナユタを驚かせた。
「母上を説得してまいりました」
 胸を張るキリトの後ろで近侍たちが苦笑していた。どうやらここひと月、真珠宮では悶着が続いていたらしい。

 ――なにゆえ後宮から出てはいけないのか。なぜ藍宮を訪れてはいけないのか。どうしてカイル兄上に会ってはいけないのか。
 新年の行事で忙しないラサ王妃をキリトは追い回し、直談判を繰り返した。
 まだ子どもゆえ適当にあしらっておけばよいと、ラサは高を括っていた。アランもラムザも母の言いつけには素直に従ってきたので、キリトも当然従うものと思っていたのだ。
「今は忙しいので、後にしてたもれ」といなすと、 
「後とは、いつですか」と問う。
 数日姿を見せずようやく諦めたかと胸をなでおろしていると、侍女から「キリト様がお食事を召しあがられませぬ」と訴えられる。
 王妃はいささかうんざりしていた。根負けしたといってもよい。
「後宮から出ることを禁じたのは、そなたの身を案じるゆえ。アランもラムザも謀殺されたのではないかと、母は思うておる」
「では、一人で抜け出さずに、護衛をつければよろしいですね」
 ラサは一瞬、押し黙り考えをめぐらす。
 これまでラサの関心は、王位を継ぐ可能性のあるアランとラムザにあり、幼いキリトは愛玩動物のようにかわいがりはしてもそれ以上の関心はなく、侍女と守り役のソン太師にゆだね自由にさせてきた。
 ひと月近くにおよぶ根気強い抵抗には驚いた。
 カイルとは王太子の地位を争う立場であるゆえ親しくしてはならぬと禁じれば、「王太子になどなりませぬ」と言い出しかねない。子どもゆえのまっすぐな理屈をくつがえす正論をラサはもっていなかった。ごまかしは効かぬか、と嘆息する。
 条件をつけて認めるしかあるまい。
 存外、アランやラムザよりも王者としての資質はキリトにあるのではないか。一歩も退かないばかりか、愛嬌のある笑みすら浮かべて王妃に挑む末子を見つめる。キリトの教育を急がねばならぬ。
「武術の鍛錬と勉学を怠らなければ、月に二度、護衛を連れて藍宮に通うことは許しましょう」
 
 王妃の許可を取り付けたと誇らしげに語る弟宮を、カイルは驚きをもって眺めた。
 育ちの違いといってしまえばそれまでだろうが。黙して諦めるだけではない道もあるのだと、小さな弟が示してくれた。
 従者の語るところによると、事前に双方の宮で日程の調整をし、護衛も伴って訪問することとなったという。

「カイル様」
 背後からおずおずとした声がかかる。
「お話のところ申し訳ございません。これにて失礼させていただきます」
 星夜見寮での新年の行事がひと段落したからと、この日は朝からシキが新年のあいさつに訪れていた。
「ああ、シキ。読みたい書物があれば、いつでも遠慮なくおいで」
 シキに告げていると、カイルの袖をキリトが引っ張る。
「兄上、そのものは誰ですか」
星夜見ほしよみ寮のラザール星司長せいしちょうの養い子のシキだ」
「星夜見寮とな」
キリトの目がたちまち輝く。
「そちも星夜見士か」
「いえ、まだ星童ほしわらべでございます」
「もう帰らねばならぬのか。星夜見の話が聞きたい。だめか」
 シキが困ったようにカイルを見あげる。
 カイルがキリトの前に膝をつき視線を合わせる。
「キリト殿、シキが困っておる。王族が命令すれば、拒むことのできるものはおらぬ。故にむやみに望んではならぬ。シキには、シキの務めがあろう」
「……ソンのじいも、そのようなことを申しておった」
 キリトは眉尻をさげ、シキのほうを向く。
「足をとめさせて、すまなかった。なれど、星夜見のことを知りたいのだ。そちはよく藍宮らんきゅうを訪れるのか。よければ、次の機会に教えてもらえぬか」
 シキはあわててキリトの前に跪拝する。
「畏れ多いことにございます。私はいっかいの星童にすぎません。星夜見についてのご進講ならばラザール様にお願いください」
「そういう堅苦しい勉強のようなのはいやなのじゃ。星の話をしてくれればよい」
「星の話ですか……」
 シキは返答をためらう。
「ラザール様にお伺いしてからご返答申しあげても、よろしいでしょうか」
「うむ、かまわぬ」
 口では大人ぶって鷹揚にかまえていたが、キリトは目を輝かせシキのほうに身を乗り出している。これではシキも、色よい返事をせぬわけにはいくまい、とカイルは苦笑した。
 ほぼひと月に一度、シキはキリトの藍宮訪問に合わせてたずねて来るようになった。カイルをはさんでキリトとシキが星の話に夢中になる。微笑ましい光景ではあるのだが、ナユタの気が休まることはなかった。
 ――キリト王子の希望とはいえ、王妃様はこの集いをどうお思いであろうか。
 王妃の思惑も気懸りではあったが、それよりもキリト派に良からぬ口実とならぬよう気を揉んでいた。ところが、半年を過ぎる頃から「本日はお伺いできません」とシキから断りの申し出が増えるようになった。


(第13章「藍宮」了)


第52話:第14章「月の民」(1)に続く。

 


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