「門」
「狭き門」というような言葉は、今日あまりイメージがよくないかもしれない。
受験競争などをイメージさせる。
今日、高学歴の人の半分は、その人生が、おそらく高学歴故に険しくなっているかもしれない。
組織人が「社畜」と嘲られるようになったのはここ10年くらいだと思うが、
高学歴なんて、どちらかといえば「社畜」になるのでなければ、大した意味を持たないことが多いだろう。
それはともかく
「狭き門」という小説を書いたのは、アンドレ・ジッドだが(すみません、今日現在未読です)
「狭き門より入りなさい、滅びの門は広いからです」というようなことを言ったのはキリストだった。
ここで、僕は、人の人生行路には「門」型と「道」型があるのではないかという気がしてきた。
どういうことなのか、クドクド説明するより
いきなりぶっちゃけ結論へ飛びつこう。
「お金」や「経済」という概念を優先するなら
僕は「道」型の生き方より「門」に入る方生き方の方が有利だと思う。
「お金」を優先したいなら、大抵のことは「門」をくぐる方が早く有利だ。
どういうことなのかというと
たとえば、独学に近い形で絵の才能を伸ばした画家のゴッホは、どちらかといえば「道」型の人生だろう。
独自の言葉(御言葉)を発して、次々に病人などを癒したイエスキリストなども「道」型の人生だろう。
しかし、「道」型の人生はあとから「お金」がついてくるかどうかは常に未知数なのだと思う。
だが、世人に多大な影響を与えうる人のかなりは「道」型の人生を歩んで、しかも、どちらかといえば、あとから「お金」などが、そんなに、あるいはまったくついてこなかった人ばかりだ。
「道」を行く型の人生は、大なり小なり「生活」を度外視する。
しかし、それ故、「道」型の人生を送った人の方が、あとからインフルエンサーになることが多いのだ。
だが、キリストやゴッホ級ではない、フツーの人は、とにかく「生活」がある。
「生活」を……「お金」を優先した場合
特に「凡人」の場合
何がしの「門」をくぐった方が手っ取り早い。
「道」型の人生は、手っ取り早く「お金」が成ることはあまりない。
だから、「道」を行きたいのであれば、あるていど「お金」は犠牲にしなければいけないことが多いし
「お金」を優先したいのであれば、あるていど「道」は犠牲にして「門」をくぐった方が早い。
日本は、江戸時代が終わって明治になり「学校」や「会社」が沢山できた。
それは、日本が鎖国の限界に達し
「経済」の時代へ(お金の時代へ)の移行を迫られたからだ。
「学校」や「会社」は経済社会で手っ取り早く「お金」が成るための「門」である。
でも、売れてるユーチューバーは自分の「道」を行って「お金」もついてきているよ。
う~ん、
でも、ユーチューブで「お金」になるのは、大半が広告アドセンスだから、
意識的にせよ無意識的にせよ、アドセンス(基準)に色目を使ってる場合も多いと思うし
それに、下手に「大売れ」すると、大企業案件のお仕事とかも増えて、「これだけお金をくれるなら、まぁ仕方ないか……」って感じになって、どんどん「道」は行きづらくなっていくと思う。
そういう意味で、アドセンスの世界は、どちらかといえば「道」というより「門」、すくなくとも、時間が経つほど「道」的ではなくなってくると思う。
内的必然性を重視したい人は「道」の方がフィットしてる。
内的必然性には多少フタをして、「お金」をとりたい人は「門」の方が早い。
逆に言えば、「お金」をとりたい以上、内的必然性にまったくフタをしなくてよいことは稀だといってよい。
両方同時にとれれば、人生はパラダイスで何の苦労もない。
画家のセザンヌは、「道」を行った人だと思う。
来る日も来る日も、とりつかれたように、サント・ヴィクトール山に固執したが
経済的には、かなりの齢まで親の扶養を受けていたという。
「サント・ヴィクトール山の絵ばかりじゃ金になりませんから、もっとルノアールの絵みたいな売れるヤツをバンバン描いて下さい」という要請を聞く必要がなかった。
異性と(同性でもよいが)つきあったり結婚したりも「門」と関係してると思う。
「門」に関する「合意」が成立しないと、いわゆるお付き合いだの結婚だのには至らないだろう。
経済社会の円熟と格差の拡大は
色々なところで「門」の崩壊を引き起こしているようだ。
「学校」や「会社」の機能不全も徐々に増えてる。
「門」の世界が崩壊すれば、人々は好むと好まざるに関わらず、「道」を行くしか手がなくなってくるかもしれない。
「偉人」の類いは「道」もOKというか、「道」のほうがフィットするのかもしれないが
「凡人」には「道」の世界は険しすぎて、むしろ「門」のほうが救いになるだろう。
これからは、どちらかといえば「道」の価値観が強調されそうな気がするが
「凡人」に「道」は負担が大きい場合も多く、しっかりした「門」が沢山あるほうがよいような気もするが、価値の多様化や多様性は必然的に「門」の崩壊を促す部分があるので難しいとこだと思う。
でも、人の人生に関していえば
100%の「道」型の人とか、100%の「門」型の人というのはレアであり
常に、ブレンドだと思う。
どっちがより強くでてるかは状況にもよる。
「道」型は「己の声」「天の声」「神の声」なので(「悪魔の声」であることもなくはないだろうが)「お金」は遠ざかることが多く、また人が寄り付かなかったり、軋轢が生じる場合もある。
「門」型の状況は「人(他者)の声」「人の教え」などなので、早く「お金」に結びつくことが多い。
どっちがよい悪いではなく、そういう違いがあると思う。
パートナー(配偶者含む)ができない悩みを抱えてる人は多いだろうが
「道」をひたすら進んで、パートナーが勝手にできることは比較的稀だと思う。
パートナーは「門」を意識しないと成立しないことが多く
その意味でも、「門」の世界(会社など)にいるほうが、成立しやすいと思う(絶対じゃないけど)
以上、「門」ということについてでした。
是非これだけは頭に叩き込んで欲しいことがあるわけではないので、まとめ的要約などはつけません。
でも、読まれた方のそれまでの知見に何かひとつでも新しい観点が加わりましたなら、是非「スキ」を押して下さいね!
御一読どうもでした。
(製作データー)
書き始め:2022年1月19日午後0時49分
(あとがき)注※長いので興味ない方は読まない方が賢明です
「道」か「門」かなんて、その人が「道」だと思ってれば「道」なのかもしれないから、判断はその人の主観によるのかもしれません。
それだとでも、あまりに漠然としてるから、付け加えると
収入(源)が他者のつくったシステムに依存する度合いが高ければ、どちらかといえば「門」なのではないでしょうか。
たとえば、武士が自分で「武士道」を生きてると思っても、収入である俸禄が結局幕府のつくったシステムに依存してるんであれば、たとえば、政権がかわって「廃藩置県」と「廃刀令」が出されて「刀」を奪われてしまえば、反逆しか手がない場合もあります。
じゃあ宮本武蔵は?
う~ん、ビミョーで判断つきかねますね。
アドセンスの世界も、やっぱりグーグルのつきつけてくる20か条の要求とかは無視できないハズなんで、そうすると、あんまりエロイのとかグロイのとか、公序良俗に矛盾するものとかはムリなわけで、そこであんまり「王様」にもなれないわけです。
SNSとかネットメディアって人の「王様指向」とでもいうものを助長するところがあるため、主観的には自分は「道」を行ってると思ってる人が多いと思います。
でも、収入源は何なのかというと、僕なんかも、民間組織でアルバイトとかしてるわけで、そこで、そんなにやっぱり「王様」にはなれないんですよね。
収入源を他者のつくったシステムに強依存しないというのは、僕個人はかなり難しいことだと考えています。
ユニクロの柳井社長クラスだと、自分のつくったシステムでかなりの収益を上げられるのかもしれませんが
そこで、そんな僕みたいな非力な輩が「王様度」とでもいうものを上げようとすると必然的に低収入になるわけです。
ゴッホとかも俗世間に対する怒りで、「王様的」なエキセントリックさで、まわりから半狂人のような目で見られてた部分があって、その「王様」さとでもいうものが、セールス的な次元で上手くいかなかった部分があると思います。
ルノアールとかモネとか俗権力(世間)と調和した芸術家とはそこが違ったわけです(だから、ゴッホがルノアールやモネより偉い!などというつもりはありませんが)
僕は「門」と「道」で「門」のほうが低俗などといってるわけじゃありません。
特定の事柄に対する成長や進歩は大抵「門」のほうが早くて適確です(独学なやり方もそれなりに収穫があるでしょうが)
「んなこと、どっちでもよくね?」
う~ん、それは、「道」でもなく「門」でもないような、どっちつかずの宙ぶらりんの苦しい現実を生きてる僕が必要とした理屈なのでしょう。
「おいしいもの」と「おっぱい」だけで生きていけたらどんなにいいだろうと思うこともなくはないですが、そうではない生き物は、いろいろ理屈をごねるという面倒が必要なのです。
まぁ、でもその人の主観が、自分は「道」を生きてきたと思えれば、まわりがどう見ようとそれは「道」なのでしょう。
ただ、文明社会の文明たる部分を個人が習得したり、パートナーを得たり、経済社会で繫栄したりとかになると「道」だけでは、どうにもならない人が過半数で「門」という考え方も必要になるでしょう。
たとえば、女性器を「陰門」というような言い方をしますが、これをあまりに王様的な強引なやり方で一方的にこじ開けてしまいますと、強姦に近くなります。
それは「道」というより「門」なのかもしれません。
わけわからなくなってきたので、この辺で終ります。
人間やるのってホント難しいな
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